恭子と明彦、エピソード Ⅰ
恭子と明彦、エピソード Ⅰ
恭子とは軽いキスだけ。それもふとしたはずみで1回しただけで、それ以来、ぼくらはキスしたってことに触れていない。
「明彦、疲れた!」
「ゴメン、大変だな、こりゃあ」
「何か飲みたい」
「コーヒー?マンダリンでいい?今挽くからちょっと待っててよ。ミルク入れるか?」
「ううん、ブラック、砂糖なし」
「りょうかい」
ぼくは階下に降りて、コーヒー豆をガリゴリ挽いて、パーコレーターに粉を放り込んで、コーヒーを作った。
家族は仕事に出ていて、家には誰もいない木曜日の昼下がり。
コーヒーをマグカップに注ぎ、2階に持っていく。
恭子は最初の日と同じウールのミニのワンピースを着て、同色の紫のストッキングをはいていた。ぼくのベッドに腰をかけ、太腿の下で手を組んで、自分の足の指を見ていた。ミニのスカートがずりあがって、太腿がみんな見えるのだけれども、彼女、気がついているんだろうか?
可愛い、なんてものじゃない。小さな鼻、小さな唇。妖精の耳がクレオパトラカットの髪の毛からのぞいている。華奢な手足、小さく細い指。壊れてしまいそうな子だ。窓から1月の弱い日差しがそそぎ、ベッドの上の彼女を照らす。すべて静まりかえっていて、フェルメールの油絵のような光景だった。
「あら、コーヒー出来たの?」と恭子。
「あ・・・ああ、熱いよ」とぼく。
彼女の横に坐って、マグカップを渡す。彼女はちょっと口をとがらせて「ちょっと訊いていい?」という。
「何?」
「この前、私たち、キスしたわよね?」彼女は膝にアゴをあずけて、下から見上げるようにして訊いた。
「うん、したな」
「なんで?」
なんでって・・・ぼくの頭の中を千の理由が去来したけど、なんでなんだ?
あれは、雨の降る土曜日の晩だった・・・
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