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よこはま物語、ヒメと明彦9、良子・芳子と恵子編、ヒメと明彦 XXXXVI

よこはま物語
ヒメと明彦9、良子・芳子と恵子編
ヒメと明彦 XXXXVI

 1977年7月21日(木)
 ●後藤恵子 Ⅷ


 朝早く、台湾の連中から呼び出しの電話が私のアパートに来た。署に電話をかけたら病欠って言っていたが?と聞かれたので、女の子の日なのよ、重くってさあ、と答えた。具合が悪いのはわかるが、月曜日に加藤刑事部長と寝たんだろ?何か話を引き出せたか?と聞かれた。寝た、とか直截な言葉が気になる。永福と関係したから、こういう言葉が嫌いになった。


「あんまり、報告する内容を聞き出せなかったの。だから、次の月曜日以降まで待てない?」と答えた。
「なんでもいいんだ。会えないか?」と言う。焦ってるのかしら?
「しょうがないなあ。いいわよ。いつものサテンで1時間後」


 良子の自宅に電話する。彼女もファンファンも大学は、林田のお婆さんの指示で休んでいるはず。良子が出た。


「良子、レイニー。台湾のヤツから呼び出しが来たわ。1時間後に、ジミーがたまり場にしているサテンで。あんまり報告することもないけど、と言ったら何でも情報が欲しいと言われたわ。焦っているみたい」
「わかった。こっちもサテンの方に行く。焦っている?ふ~ん・・・サテンには入らないわ。外でファンと見張っている。報告は濁しておいて。でも、吉村刑事の名前は出してもいいわ。どうせわかることだから。それ以外は伏せておいてね。じゃあ、後で」


 台湾のヤツに話す内容を整理した。加藤部長刑事に『先週は刑事課で大捕物があったでしょう?瑞穂埠頭で人身売買のために誘拐された4人の女性を救出して、台湾マフィア2人を逮捕、台湾マフィアの事務所を急襲して一網打尽なんて、表彰ものですよ。だけど、瑞穂埠頭でしょ?米軍のノースピアじゃないですか?米軍が絡んでいたとか?』と聞いたことは言ってもいいだろう。


 加藤敬二部長が『吉村警部補が急に夜中に電話をかけてきやがって、今、ノースピアの三井倉庫にいます。【偶然】発見して、集団人身売買の被害女性4人を救出しました。犯人の台湾野郎も捕まえました』これもよし。


『もう一人、在日米軍郵便局の中にいるから、張り込んで出てきたところと捕まえましょう。これで台湾マフィアをしょっぴくネタになりますよ』これはダメだ。吉村刑事がなぜ米軍施設の中のことを知っているか、疑問に思われる。


『加藤が、吉村に経緯を問い詰めたが、情報元の身元が危ないんで明かせませんや。私も疑心暗鬼でやってきたら、人質と台湾に出くわしたので保護したんです。部長も手柄を立てたことだし、ご自分の内偵でうまくいきました、ぐらいで内部を収めてください』これはいいだろうな。


『人質の女どもは、あまり話さない。自分の誘拐された事情を話すばかりで、米軍施設内で起こったことは話さない』とこうしよう。


『台湾野郎二人を聴取すると、自分らの不利になるからあまり口を割らないが、人質5人は、ってポロッと言うんだ。4人だろ?と聞くと、渋々ゲロした。先に一人逃げました、5人です、という話を聞き出した。吉村に聞いても知らぬ存ぜぬだ。4人でしょ?俺は4人しか見ていないと言い張る。なぜ、米軍基地内に居た誰かが先に一人逃したのか?その女が他の女と一緒に救出されると不都合があるのか?』これは絶対にダメだ。5人目の女は誰か?と思われる。ブタ箱にいる台湾の二人しか知らないことだ。


 このくらい?良子は吉村刑事の名前を出して良いと言ったが、彼は大丈夫なのだろうか?ファンファンがいるから大丈夫か?ファンファンは強そうだものね。


 喫茶店に行くと、台湾のヤツが待っていた。私はこいつの名前を知らない。もう一人のヤツから、ウチの連絡係でお前の担当と紹介されて、署と自宅の電話番号をこいつに教えた。連絡は一方的。私は台湾のヤツラの連絡先を知らない。


 私は喋って良いことを報告した。ヤツは表情を変えずに聞いていた。それだけ?と言うので、だから、来週の月曜日以降まで待ってくれたら、もっと聞き出したのにと答えた。


「何を知りたいの?」
「誰が吉村に米軍施設に誘拐された女たちがいると通報したか?だ」
「それは加藤刑事部長もわからない、吉村がネタ元を明かさないんだ、ということよ。吉村を誘拐して直接聞けば?」
「刑事を誘拐?冗談じゃねえ。お前、吉村と寝れないか?」
「あんた、私は誰でも彼でも寝ないわよ。第一、吉村は私を嫌っているし、副署長と加藤刑事部長と寝ている噂がたっていて、ヤバいんだよ。加藤に吉村から聞き出させるように誘導してみるけどさ」
「仕方ねえな」


 私はこいつがバックを持っているのに気づいた。会社員が泊まりの出張に行くような小型のバックだ。こいつ、これからどこか行くのかしらね?私は脚を組み替えて、パンツが見えるような脚の開き方をした。いつも、こいつにパンツを見せてやるのだ。サービスだ。


「そんなところよ。これじゃあ、あんまり請求できないわね。加藤にもっとサービスして頑張って聞き出すわ」
「そうだな。せいぜい、あんたのお股を使ってくれよ。俺はいつも残念に思ってるんだ。連絡係が情報屋と関係を持てないってのがな。あんたはいい体してるし、抱いてみてえよ」
「あら?請求額にいろをつけてくれれば、抱いてもらっても構わないわよ?」
「な、そういうことになるから、ダメなんだよ。今月は、35万円くらいだろうな?」
「それっぽっち?45万くらいもらえると思ったのに。今月は旅行をしようと思っていたのよ。あら?あなた、そのバックはどこかお出かけ?旅行?いいなあ」
「まあ、ちょっとな。これから新横浜まで行くんだ」
「ふ~ん?新横浜のラブホでやらせたら、50万くらいくれないかしら?」
「おいおい、俺の上のもんに怒られちまわあ」


 こう金、金と言っておけば、私を単なるサツの内部情報を売る悪徳女性巡査と思ってくれるだろう。演技ながら、こんな男に抱かれるなんていやなこった。もう、私は永福以外には抱かれないんだよ!あれ?加藤や副署長、税関職員、米軍の大佐との関係をどう精算しようかしら?永福と相談しないと。


 じゃあな、また来週の火曜日くらいかな?連絡する、と言って男はレシートを持ってレジに行った。彼が店を出て1分、私も店を出た。左右を見回すと、街路樹の木陰から良子とファンファンが現れた。歩いて行く男の方に顎をあげて、アイツだ、という合図をした。良子とファンファンは、女子大生が着るようなフレンチカジュアルを着ている。ファンファンはボストンバックを抱えていて、良子は紙袋をぶら下げていた。


 良子の袖を引いた。あの男は、新横浜にこれから行くって言ってる、遠出するみたいなバックを持っているわ、と耳元で囁いた。良子が、なるほど。じゃあ、先回りするか!と急にタクシーを止める。この子の行動は読めない。さ、早く、と言われて、ファンファンと私はタクシーに慌てて乗り込む。


「良子、新横浜に先回りってこと?アイツがどこに行くか、わかんないんだよ?」
「新横浜だから、新幹線でしょ?」
「そうかなあ」
「はずれたら、戻ってくればいいことよ」


 私は、良子とファンファンに台湾のヤツに話した内容を説明した。さすが、レイニー、頭が回るわね、と言われた。年下の女子大生に褒められたよ。あ~あ。


 新横浜で、新幹線の名古屋行きの切符を良子が買った。後で行き先と乗る便は変えられる。名古屋観光でもいいかあ、と思う。新幹線の改札口を抜けて、私は売店横の公衆電話のところに立った。改札口を抜けた人間からは、私は見えない。良子とファンファンは、階段下を人待ちしているようにブラブラしていた。


 こだまとひかりが3本、通過した。やっと男が改札口を通過した。良子とファンファンが気づいた。男は新幹線のホームの階段を登りだした。私たちは間をあけてつけていく。


 男は6号車の停車位置に立った。私は目立たないように3号車の停車位置近くの柱の陰に。良子とファンファンも寄ってきた。良子が、なんだ、思った通り、残念。観光できないじゃない!と言う。ファンファンが、どうでもいいけど、このお前のフレンチカジュアル、どうにかなんないの?こんなの着たくない!と良子に苦情を言う。確かに、ファンファンは、ボーイッシュでスポーティーな服が似合うと思う。私と言えば、ブラウスにネイビーブルーのズボン。固い職業に見えるなあ。


 こだまが到着。台湾のヤツが6号車に乗り込む。ひかりじゃないってことは、急がないのだろうか?私たちは、3号車に乗車して、5号車に座った。自由席車だが、幸い、ガラガラだった。17E、Dと18E、Dのシートを対面にする。トイレと洗面所がすぐ横だ。


 良子が紙袋を持って立ち上がった。私の腕を掴んだ。なに?


 良子が、いいから、いいから、恵子さん、これに着替えて!と言われて、紙袋を押し付けられた。着替えが入っていた。良子は、こうなることをわかっていたのかしら?準備のいいこと。トイレに連れて行かれた。ドアの向こうで、同じ服だと台湾のヤツに気づかれるでしょ?と言う。


「良子!なんで急に呼び方が『恵子さん』になったの?」とトイレの中から聞いた。
「台湾の連中に万が一、私たちがあなたを『レイニー』なんて中国語名で呼ぶのを聞かれてはマズイでしょう?だから、ファンファンも芳子と呼んでね」


 いや、だからって、渡された服が女子大生の着てそうなフレンチカジュアルよ?白黒の横縞のバスクシャツにベージュの水玉のヒラヒラスカートって何!靴まで用意してある。金色のハイヒール?それで、麦わら帽子?こんな服、着たことない!とトイレの中から抗議すると、ドアの外から「恵子さんは私の体型と同じで、私が持っている服は戦闘服の他にはフレンチなのよ!文句を言わずに着替えなさい!尾行するのに、白のブラウスとブルーのズボンじゃ目立つでしょ?」と良子が言う。やれやれ。


 トイレを出た。5歳くらい若返ったじゃん!と言われる。



「良子、だいたい、どこに行くのよ?名古屋まで?それに、尾行している台湾は、隣の車両じゃない?」
「台湾派閥でしょ?だったら、向かう先は、神戸の南京町に決まってるじゃない!同じ車両に乗ったら、見咎められて問題でしょ?アイツが名古屋までで降りなかったら、名古屋を過ぎた後で車掌をつかまえて、神戸までの切符を変えばいいわ。果たして、新幹線に乗るかどうかもわからなかったので、とりあえず名古屋までの切符を買ったのよ。神戸までは、この車両で、駅弁を食べてビールを飲むのよ!」
「良子!神戸までの途中であいつが降りたらどうするの?」
「簡単!神戸の南京町で、ピータンを食べて白酒(パイチュウ)を飲んで、大阪で豚まんとたこ焼きを食べて、横浜に戻るだけよ!」


 私たちが話している間に、ファンファン・・・じゃない、芳子が新幹線のパーサーをつかまえた。崎陽軒のシュウマイ弁当、シャケ弁、焼肉弁当を買っている。缶ビールを6缶。おいおい、宴会するの?台湾を尾行してるんじゃないの?


 シェアね、お弁当は、みんなでシェア!と二人が言って、プラスチックのコップにビールを注がれた。乾杯してしまう。


 なんでこうなるの?


 男は新神戸駅で降りる。ドア越しに乗降口に立っているのが見えるそうだ。私は背を向けた席で気づかれてはいけないので、覗かない。私たちも荷物をまとめて、男が降りた後に間をあけて降りた。


 男は駅前のタクシー乗り場に行く。あまり人がいないので、すぐタクシーに乗り込んでしまった。慌てて、次のタクシーに乗り込んだ。良子が運転手に前のタクシーの後についていって、という。新神戸駅から直進して三宮、南京町(神戸は中華街じゃなく、南京町なのね?)方面に行くと思っていたら右折した。


 男のタクシーは、異人館のある北野通りを進んで、ハンター坂というところを右折した。住宅地だ。前のタクシーが一軒家の住宅の前で停まった。良子は運転手に止まらないでまっすぐ進んでと指示した。一軒家を過ぎて右に曲がった路地でタクシーを止めた。


 タクシーがUターンして北野通りに戻るのを待った。男が訪れた一軒家の前に戻った。さて、良子はどうするんだろう?一軒家は1メートル高さの生け垣で囲まれていた。


 ファンファンが、バッグを持ってて、と重そうなボストンバッグを彼女に渡した。ジッパーを開けると中を物色しだした。あった、と聴診器とピッキング道具を取り出した。聴診器?この子、盗みの道具一式を持ってきたの?


 生け垣に近寄るとヒラリと生け垣を飛び越した。中腰で家の壁に近寄った。まだ外は明るいじゃないの?大胆だ。レースのカーテンがひかれた応接間のような部屋の窓ガラスに聴診器を当てた。私たちの方を向いてピースサインをした。中にいるってこと?話が聞こえる?近所にバレないかドキドキした。私は警察の巡査よ。住居不法侵入の片棒を担いでいるのよ!


 良子が平気な顔で、恵子さん、お喋りしているふりをして、と私の横に立つ。良子、こんな白昼、不法侵入ってマズイでしょ?いいえ、こういう高級住宅街は、住人は外に出ないわよ、郵便配達のおじさんくらいよ、ファンファンを見たって、この家の娘が何かしてるな、程度。大丈夫、と言う。


 ファンファンを見ると、眉根にシワを寄せて真剣な顔で盗聴している。時々首を傾げて聞いている。


 十数分経った。ファンファンが家の壁を離れて助走なしで生け垣を飛び越す。良子と私に、三宮かどこかのサテンで話そう。ヤバいよなあ!と言って、北野通りの方に歩いていく。良子と私が後を追った。もう、ファンファンはタクシーをつかまえていて、おいでおいでしている。この二人の行動はつかめない!


 喫茶店の一番奥のボックス席に座った。


「横浜の台湾のヤツ、自分のとこが警察に一網打尽で、あいつを含めて3人になったんで、ここの台湾グループに増援を申し入れたんだ。十人ほど。たぶん、浩司・・・吉村刑事からたぐって、私たちを探り出して報復するんじゃないかしら?」と私たちに説明した。
「十人?かなり大人数ね?」
「中華街の台湾連中のシマを取られないようにする要員も入っていると思う」
「ファン、横取りするって、それ、あなたの家じゃないの?」
「おおかれすくなかれ、私ん家も巻き込まれるね。パパに一切白状しないと・・・」
「林田のおバア様に口添えを頼みましょう」
「ああ、それで、もう一点!あのさ、神戸でも集団人身売買をしているようなんだよ」
「・・・東も西もか。台湾の連中、こ汚いビジネスをしているわね?」


 私は黙っていられなくて、口を挟んだ。「ここでも?誘拐された女の子が、海外に出荷されるの?許せない!助けましょうよ!」


「恵子さん、勇ましい。だけど、東で5人救出して、西でも似たようなことをしたら、どうなるんだろう?」とファンファン。
「芳子!私は許せない!知らずに私も関わっていたのよ!許せない!」
「ファン、恵子さんの言う通り、救出しよう。それでどうなるかは、後で考えよう」
「わかった。一応、警棒とかヌンチャクとか、催涙スプレーも持ってきたから。彼らの話では、今、4人入荷したそうよ。数日中にあと1人が来て、5人揃ったら香港に送るって言っていた。こっちは米軍は絡んでいない。ポートアイランドの廃棄された冷凍倉庫に人質を集めているそうよ。マルエイソウコ・・・たぶん、丸に栄える丸栄倉庫だと思う。第六マグロ倉庫だって。台湾の連中6人が見張っているそうよ」
「丸栄倉庫?どこだろう?」と良子。
「それは私に任せて」と私。


 喫茶店の公衆電話から、兵庫県警察本部の同期の巡査に電話した。彼女も私と同じ交通課で研修で一緒になったことがあった。幸い、彼女は在席していた。彼女に丸栄倉庫の所在地を聞いた。余計な質問はしないで、ちょっと待っててと調べてくれた。丸栄倉庫は、ポートアイランドの神戸空港に向かうポートアイランド東側臨港道路の左の中埠頭(港島7丁目)にあるのがわかった。今度、横浜の中華街で飲みましょう、と電話を切る。


「良子、芳子、ポートアイランド東側臨港道路の左の中埠頭(港島7丁目)だそうよ」と説明した。
「さすが、後藤巡査!」とファンファン。「暗くなったら、そこに行こう。出たとこ勝負ね。じゃあ、服を買いに行こう!」
「え?服?」
「戦闘服は持ってきてないわよ。フレンチカジュアル3名で、パンツ見せて回し蹴りするつもり?」とファンファン。
「あら?私はこの格好でも大丈夫よ。パンツくらい、いくらでも見せちゃう!」と緊張感のない良子が言う。
「ほら、バカなことを言ってないで、洋服屋に行こう!」とレシートを持ってファンファンがレジに行った。


 洋服屋数件を回った。良子の好みに合わせるためだ。ストレッチジーンズって、着たことない!とか言う。普通のジーンズじゃあ動きにくいだろう?とファンファン。なんでも良いじゃん!結局、3軒回って、ブラックとネイビーブルーのジーンズ、黒っぽいTシャツを買った。


 三宮の駅のトイレで着替えた。ファンファンがボストンバックから武器などを紙袋に詰め替えた。ボストンバックとフレンチカジュアルなどの不要なものは駅のコインロッカーにしまう。


 戦闘準備、完了。

ヒメと明彦 XXXXVI に続く。