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フランク・ロイドの徒然

A piece of rum raisin - 第1ユニバース 第5話 絵美の覚醒1、1979年2月17日(土)

A piece of rum raisin - 第1ユニバース 第5話
絵美の覚醒1、1979年2月17日(土)

 この第1ユニバースの類似体の絵美がアイーシャを知っているはずがない。転移が始まったようだ。「明彦くん、ゴメン、歩けないわ。喫茶店かどこかで休まないと」と弱々しく言った。


 私は絵美を抱きかかえるようにして、御茶ノ水駅前の喫茶店に入った。メグミのときよりも症状が急激に来ているようだ。頭痛は偏頭痛だろう。


 湯澤とアイーシャの説明では、人間の記憶をつかさどるシナプスの情報量の大きさは、平均的なシナプスで4.7ビットある。脳全体の記憶容量は1ペタバイト(1,000テラバイト)ある。書類で言えば4段重ねのファイルキャビネット2000万台もしくはHD画質の動画13.3年分に相当する。


 1本の神経細胞は数千のシナプスに接続され、ひとつひとつのシナプスが数千の神経細胞に接続される。情報信号はシナプスを伝わって伝えられるため脳機能障害はシナプス機能障害による。大きいシナプスはより強力に周辺の神経細胞を活性化することがわかっている。


 人間の記憶は、だいたい三種類に分類できる。感覚記憶と短期記憶、それに長期記憶だ。


 感覚記憶は、外部からの刺激を与えた時に起こる、最大1~2秒ほどの最も保持期間が短い記憶だ。各感覚器官に特有に存在し、瞬間的に保持されるのみで意識されない。外部からの刺激を与えた時の情報は、まず感覚記憶として保持され、そのうち注意を向けられた情報だけが短期記憶として保持される。


 短期記憶は、記憶の二重貯蔵モデルにおいて提唱された記憶区分の一つで、情報を短時間保持する貯蔵システムだ。短期記憶を司るのは脳の海馬組織だ。海馬ニューロンが低エネルギーで高性能の演算機能を有している。そして、海馬組織が短期記憶を選別して、長期記憶組織に送る。


 長期記憶は、大容量の情報を保持する貯蔵システムで、一旦長期記憶に入った情報は消えることはない。長期記憶は大脳皮質に貯蔵される。


 湯澤とアイーシャが生み出した記憶転移装置では、まず、大脳皮質に貯蔵された記憶を彼らの開発したナノマシンを大脳皮質に注入する。マシンを使用して記憶を収集する。収集した記憶を圧縮、普通の記憶の流れと逆に、海馬組織を利用して外部に送信する。


 海馬組織を一種のワイファイ・ルータのような機能として使用するのだ。外部に送信された記憶情報は、マルチバース間記憶転送装置*1を通じて、第3ユニバースから同期された第1ユニバースの類似体に転送される。

*1: MHMTD(マルチバース間記憶転送装置、Multiverse Human Memory Transfer Device)


 第3ユニバースから転送するエネルギーは、KEK(高エネルギー加速器研究機構)のKEK-B加速器の発生する大容量ガンマ線フラッシュで、陽電子が時間を遡る性質を利用する。


 第3の本体と第1の類似体間で同期された時間では、ちょうど第1ユニバースでは落雷が発生している。その落雷で発生した電子、ガンマ波フラッシュがちょうど第三ユニバースでのガンマ線フラッシュと逆の経路で、類似体の海馬から大脳皮質に第3ユニバース本体の記憶を送信する。海馬組織ではパケット形式の情報が圧縮を解かれ、大脳皮質に第1の本体の記憶を送り込むのだ。


 記憶情報のパケットが海馬に受信される時、海馬組織は通常の数百倍の動きをする。湯澤とアイーシャによると、その動きで血流が増大し、高熱と偏頭痛を伴う痛みがあらわれるということだ。


 メグミの時は、それが緩やかだった。落雷から三十分くらい喫茶店にいて様子を見たが、すぐには海馬の動きはなかった。だから、メグミは、高熱を出して寝込んでしまうと言って家にかえした。メグミの話では、家に帰るとすぐ高熱と偏頭痛が襲ってきて、脳内で記憶が解凍されて復元していくような気がした、ということだった。


 ただし、みんながみんなメグミのように緩慢に記憶のパケット情報の結合、解凍、展開が行われるのでもなさそうだ。湯澤は個体差があるので、すぐ高熱と偏頭痛が襲う個体もある、と言っていた。


 私の場合は、転移が起こった1970年に高熱と偏頭痛があって、落雷のあった金曜日の夜から土曜、日曜日と38℃くらいの熱が出て、寝こんだ。しかし、全てがその時に結合、解凍、展開が行われたわけではなく、何らかのメカニズムが働いて、小出しに情報を出してきた。


 すべての記憶が展開されたのは、メグミの転移が起こった時に、それがトリガーとなって記憶転移が完了した。だから、私のケースは参考にならなかった。


 絵美の場合は、急激な結合、解凍、展開が起こっているようだ。このまま喫茶店で時間を過ごしていても、高熱と偏頭痛は収まらないだろう。自力で家に帰れないようだ。かといって、病院に連れて行くわけにもいかない。高熱と偏頭痛の原因はハッキリしているが、検査などで脳をいじられたら何が起こるかわからないのだ。


 私は、かばんの中からトランシーバーを取り出した。スマホがない世界だ。バック・トゥ・ザ・フューチャーのパート2でマーティがドクと連絡した方法だ。秋葉原で買っておいたのだ。喫茶店でぐったりしている絵美をソファーにあずけ、電話をかけるけど、すぐに戻ると絵美に言って、私は喫茶店の外に出た。私はメグミを呼び出した。


 念の為に、今朝、メグミには駿河台の近くに車で来て待機して欲しいとお願いしていたのだ。何も起こらなかったら車で一緒に原宿の家に帰ってくればいいだけだ。


「探偵みたいね。洋子の時みたいに帰ってくるのを待っていたら気が狂っちゃうわ。大丈夫、駿河台の明大の近くで路駐して待っているわ」とニコニコして彼女が言った。

シリーズ「A piece of rum raisin - 第1ユニバース」目次

第1話 メグミの覚醒1、1978年5月4日(火)、飯田橋
第2話 メグミの覚醒2、1978年5月5日(水)
第3話 メグミの覚醒3、1978年5月7日~1978年12月23日
第4話 洋子の不覚醒1、1978年12月24日、25日
第5話 絵美の覚醒1、1979年2月17日(土)
第6話 洋子の覚醒2、1979年6月13日(水)

メグミちゃんの「ガンマ線バースト」の解説

シリーズ「フランク・ロイドのヰタ・セクスアリス(Ⅱ)」目次


第一話 清美 Ⅰ、1978年2月24日(金)
第一話 清美 Ⅱ、"1978年2月24日(金)1978年2月27日(月)
第二話 メグミ Ⅰ、1978年5月4日(火)
第三話 メグミ Ⅱ、1978年10月25日(水)
第四話 メグミ Ⅲ、1978年10月27日(金)
第五話 真理子、1978年12月5日(火)
第六話 洋子 Ⅰ、1978年12月24日(土)
●クリスマスイブのホテル・バー
●女性弁護士
第七話 絵美 Ⅰ、1979年2月17日(土)
●森絵美の家
●御茶ノ水、明治大学
●明大の講堂
●山の上ホテル

第八話 絵美 Ⅱ、1979年2月21日(水)
第九話 絵美 Ⅲ、1979年2月22日(木)
第十話 絵美 Ⅳ、1979年3月19日(月)1979年3月25日(日)
第十一話 洋子 Ⅱ、1979年6月13日(水)


第4と第1ユニバースの各話時間軸


2008年の第3から第1ユニ、第1から第3ユニへの部分記憶転移

2010年の第3から第1、第2への全記憶転移


登場人物:

宮部明彦 (第一ユニ):1970年12歳転移、1986年28歳
加藤恵美 (第一ユニ):1978年20歳転移、1986年28歳
森絵美  (第一ユニ):1978年20歳転移、1986年28歳
島津洋子 (第一ユニ):1979年27歳転移、1986年34歳
小平   (第一ユニ):1981年33歳転移、1986年38歳
湯澤   (第一ユニ):1981年23歳転移、1986年28歳
アイーシャ(第一ユニ):1981年23歳転移、1986年28歳

極超新星爆発(第一ユニ):2025年、ガンマ線バーストでの全種の滅亡
極超新星爆発(第三ユニ):2025年、ガンマ線バーストでの全種の滅亡
極超新星爆発(第二ユニ):2025年、ガンマ線バーストの目標から地球は逸れる