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A piece of rum raisin - 第2ユニバース - 第8話 洋子・シンガポール3,1986年7月6日(日) 👈NEW

A piece of rum raisin - 第2ユニバース
第8話 洋子・シンガポール3,1986年7月6日(日)

●1986年7月5日(土)、ホテルの部屋で

 夜はドシンバタンして、遅くまで寝ていて、午後、ボタニックガーデンに行ったり、セントーサ島に遊びに行ったりして過ごした。それで、夜になった。シンガポール最後の夜というわけだ。明日の土曜日には、ぼくたちは別々の便で西に向かわないといけない。


 その夜は、ぼくたちはシャンパンを注文した。飲み干してしまったのだ。バランタインの30年が半分ほど残っているだけだ。シャンパンをベッドの上で飲みながら、ぼくたちはいろいろなことを話した。それで、洋子がグラスを見つめながらぼくに言った。


「私、明彦に訊いてみたいことがあるんだな」と洋子がぼくに聞いた。
「なんですか?」
「私自身の自負のために訊きたいのよ。あなたにとって、私は最強の女性よね?あなたの人生にとって。最愛の女性ではなくても」
「最強とか、最愛とか、それが洋子の自負のなんに役に立つのですか?」


「私はあなたのいうように、徹底的な利己主義者だわ。他人への依存も、他人の所有もしたくない。他人とも自分のどの部分も共有したくない、と思っている」
「そうです。ぼくらは似ているんですよ」


「そうね、それで、私は自分の利己主義を信じるためにも、自分が強くないといけない。でも、誰のために?利己主義者だから、自分で強いと思っているといいのかな?ちょっと違うようね。だから、明彦の26年の人生で、私はあなたにとって、もっとも強い女性である、とこう思いたいの。あまり理屈では考えられない、スッキリしないだろうけど・・・」


「そういう意味では、洋子はぼくの人生で最強の女性の一人ですよ」
「ん?私が最強の女性でしょ?」
「アハハ、最悪の女性は洋子の妹ですが、あなたは最強の女性の一人と言っていい」
「じゃあ、最強の女性がまだいるの?」


「いたでしょ?絵美が?」
「彼女は私と同じくらいに強かったの?」
「そう思えますよ」
「ちょっと!彼女が明彦の最愛の女性だったのは許す。でも、彼女がなくなったとき、27才だったじゃない?私はすでにそのとき、33よ?」


「年齢だけの問題じゃない、それに、家系だって、彼女の家系は、洋子、あなたの家系に劣らない家系でしたよ」
「ああ、それは調べたわ。旧華族でしょ?」
「そこまで、彼女が気になった?」
「世界中の誰も私は気にならないけれど、あなたに関わることは気になったのよ」

●1986年7月6日(日)、チャンギ空港

 結局、ぼくは、身の回りのことがまるっきりできない洋子の荷物をパッキングして、翌朝11時の便の洋子と一緒にチャンギ空港に行った。ぼくの便は午後3時半なのだが、一時荷物預かり所に預けておけばいい。時間などいくらでもつぶせる。


 チェックインカウンターで洋子のボーディングパスを受け取った。時間は十分あった。ぼくは洋子と手をつなぎ、洋子の手荷物を持って、さて、どこでどうしようかな?と思った。


「明彦、あの上、空港が見えるビューイングギャラリーじゃない?」
「そのようだね」
「あそこに行きましょう。人もいないようよ。そこで、お別れのキスをたっぷりしてよ」
「やれやれ、了解」


 ぼくたちは、本当にひとけのないビューイングギャラリーで窓際に立って、長い長いキスをした。


「さ、私、行くわ」
「まだ時間はあると思うけど・・・」
「行くのよ!帰りたくなくなっちゃうじゃない。キミはここにいて。イミグレーションを通過するまでなんて見送りをしないで。私泣いちゃうから。ここにいるのよ、明彦は。少なくとも、私が中に入るまで」
「そんな・・・」


「ダメよ。15分はここにいるの。約束。それで、私の飛行機が飛び立つとき、ここから見ていてね。ここから明彦が私を見ているのがわかるように。じゃあね、さよなら。明彦は私の中にいるのよ。覚えているわ。またね、またという機会があるなら」
「洋子・・・」


 彼女はスタスタと降りていってしまった。約束通り、15分経って下に降りるが、もう洋子はいない。ぼくは喫茶店でコーヒーを飲み、洋子の飛行機の離陸時間が来ると、ビューイングギャラリーに行って、彼女の飛行機を眺めた。こんなに遠くなので、もちろん洋子の席ががどこなのかなどわかりはしなかった。

●1986年10月

 シンガポールから戻ってから、7月、8月、9月とぼくはフランスの洋子に何度も電話をした。いくどかけてもつながらないことがあったし、呼び出し音は聞こえるのだが、誰も電話に出なかった。


 日本とフランスの時差は8時間だ。だから、彼女が大学から戻るであろう6時頃(日本では午前2時)にかけたり、朝7時(日本では午後3時)にかけたりしてみたがダメだった。会社の同僚の女の子が、「あ~ら、フランス?フランスなんかに何のご用でしょうか?女性?」などと言われる。「キミの知ったことじゃない!」と言うと、むくれてしまって、何日も口をきいてくれない。


 結局、3ヶ月試してみてダメだった。ぼくは、毎月手紙を書き、連絡して欲しいと手紙に書いた。何度も。しかし、9月になってもなんの音沙汰もなかった。


 9月末になって、国際郵便が届いているわ、明彦宛に、と会社の同僚が言う。「どれ?」「これ!」と、大判の封筒をヒラヒラさせる。「渡してよ、早く」と、ぼくは言う。「さぁ~って、誰からなの?答えなさい?」と、彼女が言うので、封筒をぼくは引ったくった。「ま、なんて乱暴な!」「うるさいなあ、ほっておいてくれ」と、ぼくは言う。これで、まず1週間は口もきいてきれないだろう。ぼくは自分の席に戻った。


 手紙は洋子からだった。分厚いA4版二つ折りの何かの書類と、航空用便箋が2枚。ぼくは、航空用便箋を先に読んだ。


 洋子らしい簡潔で短い手紙だった。日付は、シンガポールで別れてから5ヶ月経っていた。

●洋子の手紙

──────────────────────────────────────
「明彦、


 あなたがあれから私になんども連絡しようとしていたことを知っています。そして、私もなんど受話器を握り締めて、あなたの番号を回したことか。それでも、だめ、最後の番号を回すことができない。


 あのシンガポールで私とあなたが過ごした数日間の日々を私は生涯忘れない。私の気ままでわがままで、惨めかといえる一生の中で、あの数日間、いえ、あなたと過ごした7年間は、ある種の光芒を放っているといえます。


 私は、明彦、あなたを愛したのでしょう。いえ、私はあなたを愛していた。そして、今でもあなたを愛しています。しかし、明彦、あなたには私だけしかいない、とは思いません。あなたには絵美さんという女性がいて、彼女は、私以上にあなたの人生にとって重みがあったと思います。いえ、事実、あったんだわ。癪だけど。


 ああ、いやだ、こういう書き方をするつもりはなかった。この手紙を、何度も破った手紙同様、いったん破り捨てて、書き直そうかしら?絵美さんのことなど書く気はなかったのに。でも、意を決して書きましょう。


 あなたはいつだったか、私に言ったことがありますね?『ぼくらは徹底的な利己主義者であって、徹底的であるだけ、他者を所有したり、他者を従属させたりしない。共有すらしない』と。『ぼくらは非常に孤独なんだ』と。そのとおりです。私はあなたの言う徹底的な利己主義者だった。孤独でした。


 だけど、シンガポールであなたに会ったとき、私は考えを変えた。


 私は徹底的な利己主義者ですが、少なくとも女として、あなたと共有するものが・・・、いえ、違うわね。あなたの一部を所有することができた。


 シンガポールで、私は、あなたに言いました。『今は安全日だから。大丈夫よ』と。でもね、安全日じゃなかったのよ、明彦。あなたをだましたの。だけど、だめね。妊娠しなかった。


 ごめんなさい。


 あなたに会いに来て欲しい、などとは言いません。これからも会うことはないでしょう。あなたには、あなたにふさわしい人が現れるでしょう。私の考えていることはあなただったらわかると思います。






 こんなに長く書くつもりはなかったのに、2ページ目になってしまいました。


 最後に何を書こうかしら?


 何も書けない・・・書くと・・・私・・・










さようなら



最愛の明彦へ                  洋子



PS:私が明彦から聞いたことを基に、調査したことがあります。大学の法学の助教授は便利なことがあるのよ。私の知り合いのあるアメリカ人の政府関係者に問いただしました。同封されているのは、絵美さんに関するFBIの調査報告書です。彼女は・・・生きてたら、私は到底この女にはかなわなかったわね?彼女は肉薄していたのね?でも、それで、明彦、この報告書で納得してください。これ以上、過去にとらわれないように。」



──────────────────────────────────────



 ぼくは、ぼく自身をストーンコールドと思っている。利己的な男だ、石のように。しかし、ぼくはぼくの短い人生で、これほど読んで悲しくなる手紙を受け取ったことがなかった。ぼくはおそらく十数年ぶりに泣いた。


 しばらくして、ぼくは気を取り直した。


 分厚いA4の書類。ぼくは開くのが怖かった。だが、読まないわけにはいかない。開いた。表紙は、大きく、映画でしかお目にかからない円形の黄色い縁取りに青の地の、アメリカ合衆国連邦捜査局の紋章が中央にある、Federal Bureau of Investigationの公式報告書だった。


 1985年12月6日のCriminal Reportだった。絵美の殺害日だ。9月30日の会計年度終了前に、どうやって洋子はこんなFBIの内部資料を入手できたんだろう?


 宛先は、連邦捜査局長官、ウィリアム・ウェブスターだった。

シリーズ「A piece of rum raisin - 第2ユニバース」


第1話 絵美の殺害1、1985年12月7日、9日、10日、ニューヨーク 👈NEW
第2話 絵美の殺害2、1985年12月11日、ニューヨーク 👈NEW
第3話 絵美の殺害3、1985年12月11日、ニューヨーク 👈NEW
第4話 絵美の殺害4、1985年12月11日、絵美のドミトリー 👈NEW
第5話 洋子・シンガポール1、1986年7月4日(金) 👈NEW
第6話 洋子・シンガポール2、1986年7月4日、5日 👈NEW
第7話 絵美と洋子
第8話 洋子・シンガポール3,1986年7月6日(日)、チャンギ空港(第6話の続き)
第9話 第9話 絵美と絵美、純粋知性体、絵美と奈々 👈NEW
第10話 誘惑、1986年10月10日(金)
第11話 転移、1986年10月11日(土)
第12話 交代、1986年10月11日(土)
第13話 デート、1986年10月11日(土)
第14話 買い物、1986年10月11日(土)
第15話 融合、1986年10月11日(土)
第16話 渡航、1986年10月12日(日) 第ニユニバース
第17話 第一ユニバース、2010年
第18話 洋子1、1986年10月20日(月)、モンペリエ、フランス、第ニユニバース
第19話 洋子2、1986年11月11日(火)、ニューヨーク、第ニユニバース
第20話 洋子3、1986年11月14日(金)、ニューヨーク、第ニユニバース

登場人物

●アメリカ、NYPD、監察医務局
ノーマン  :NYPDの警視、森絵美の捜査担当
マーガレット:ニューヨーク市監察医務局監察医、医学博士、森絵美の捜査担当
●フランス、洋子関連
島津洋子(第二): 仏モンペリエ大学の法学教授、1952年生まれ、1986年34歳
ピエール:仏モンペリエ大学の洋子の同僚
ジョン :ピエールの友人の米国人。フランス外人部隊の退役軍人。
●アメリカ、ハワード&ニック探偵事務所(ジョンの紹介の探偵事務所)
ハワード:アイリッシュ系白人男性、身長180センチ
ニック :黒人男性、身長200センチ
マリー :秘書、白人金髪女性、日本語を話す、捜査情報収集
●ビル・ゲイツ(第一、第二):マイクロソフト創始者
ビル・ゲイツ(第二):第一、第二での洋子たちの資金源。1955年生まれ、1986年31歳
●日本
森絵美  (第二ユニ):1979年21歳転移、1985年27歳の時NYで射殺、死亡
神宮寺奈々(第二ユニ):1979年21歳転移、1986年28歳の時絵美の記憶が転移、二つの人格
宮部明彦(第二ユニ):1970年12歳転移、1986年28歳
加藤恵美(第二ユニ):1978年20歳転移、1986年28歳