フランク・ロイドのブログ

フランク・ロイドの徒然

雨の日の美術館、第3、4話(Novel Days版)

雨の日の美術館、第3、4話(Novel Days版)

雨の日の美術館、第3話(Novel Days版)

2017年11月12日(日)、北千住の分銅屋

 俺が美香さんを連れて行った居酒屋は、北千住の古い市街にある間口が三間ほどの小さな店だ。葦簀の簾が窓を隠し、食事処の提灯が下がり、居酒屋「分銅屋」の紺の暖簾がかかっている。俺は暖簾をくぐって木の引き戸を開けた。


「いらっしゃいませ」という女将さんの声が聞こえた。薄水色のセーターにエプロンをした、三十代前半の女性がカウンターの向こうの板場に立っている。


 俺のあとに店に入った美香さんは、年配の板前さんを想像していたようで面食らってしまっている。


 入口すぐ左側には畳部屋の小上がり席があった。右側はIの字の調理場と六席のカウンター。左手奥は四人がけのテーブル席が三つ。


 女将さんと呼ぶにはまだ若い女性が「あら、尾崎くん、いらっしゃい。あれれ、女性同伴?珍しい!彼女さんかしら?」と俺に声をかけた。「女将さん、違う。まだ、彼女とかじゃない。俺が今日お付き合いをお願いした女性だ。それで、ちょっと一杯って誘ったんだよ」と俺は彼女に答えた。


「ふ~ん、尾崎くんにしては珍しい。どうする?カウンターにする?それとも、畳部屋にする?」と女将さんに聞かれる。「今日は厄介な客が居ないんでカウンターにしましょう」と俺は答えた。


 そうだよ、ここで、紺野、南禅、羽生、小平先生、楓ちゃん、メグミなんていたら、美香の話をおかずに何を言われるかわからない。まだ美久と兵藤だったら常識派だから許せるが・・・


 板場の中は女将さんだけじゃない。高校三年生なのに髪を料亭の女将のようにアップにして落ち着いた和服姿の節子もいる。


 節子が和服の前合わせに両手を揃え、立礼をした。顔をあげて、「尾崎様、彼女さん、いらっしゃいませ。節子です」と言う。その隣に少年院を出所して分銅屋でアルバイトをしている後藤順子も同じく和服姿で「尾崎様、彼女さん、いらっしゃいませ。順子です」と言う。この二人も居るからどうせみんなにはバレるだろうなあ。


 俺は「この子たちは、節子に順子。節子はもう高校卒業だよな?順子は中退だったっけ?いろいろわけありなんだ」と美香さんに説明した。「え~、お二人とも落ち着いているからもっと上かと思いました」と美香さん。


「さて、ご挨拶も終わった。尾崎さん、その彼女さん、だあれ?私たちにご紹介してくれなくちゃあ、ねえ、女将さん?」と節子と順子が声を揃えてニタニタして聞いてきた。


 俺が答えようとすると美香が「あの、その、私、比嘉(ひが)美香と申します。尾崎さんとはさっき美術館でお会いしたばかりで・・・」と今日あったことを一部始終彼女らに話してしまった。


 これで帰れ!と言われるなら、錦糸町の尾崎さんのマンションに押しかけます!お持ち帰りしてください!地の底まで着いていきます!までそのままだ。


「ワハハハハハ」と節子が笑う。「え?なんで?」と美香が笑われたことを不審がる。


「比嘉さん、ゴメンナサイ・・・でも、おかしくって・・・この店ってね、比嘉さんみたいな『年齢イコール、男性経験のない女』の巣窟なんですよ。私は節子、この人は順子さん。私たちはその『年齢イコール、男性経験のない女』じゃありませんけどね。私たち、かなり悪いことをしていた元ヤンで、順子さんなんてこの前まで少年院に入っていたんですよ」
「ハ?ハイ?」

雨の日の美術館、第4話(Novel Days版)

2017年11月12日(日)、身上明細書

 女将さんが「美香さんのアーカードは夜毎美女の血をすするドラキュラじゃなくて、雷雨の日に怪物を作り出すフランケンシュタイン博士なのかもね?」とニコニコして美香さんに言う。


 美香さんはマンガの『マカロニほうれん荘』のトシちゃん(俺も古いなあ)みたいに口が菱形になって目をまん丸くして女将さんを見ている。美術館でも俺が絵画の説明をしているとこの表情をしていた。本人は気づいていないのだろうか?美人がこういう変顔をするのは面白い。今度ムンクの『叫び』の真似をお願いしてみようか?


 美香さんが俺の方を向いて「フランケンシュタイン博士なんですか?私、『ヤング・フランケンシュタイン』のジーン・ワイルダー、好きです。でも、アーカードと違うかな?」「俺、美香さん的にアーカードに似てるのか?」「ハイ、似てます、似てます。でも、あの・・・」


「尾崎さんの国家機密って・・・言えないんですよね?」


「研究テーマ自体は機密でもなんでもない。リチウムイオンキャパシタと言って電気二重層キャパシタの負極材料の炭素系材料、そこにリチウムイオンを添加してエネルギー密度を向上させたものを開発している。そのキャパシタを連結してキャパシタバンクを構成させる。蓄電池の一種だが、電気自動車に使う蓄電池と違うのは、1)3.6GJ、1MWhの大容量を貯めて、2)0.05~0.1秒で放電させ、3)それを連続で100~200回繰り返せる耐久性を持たせて、4)40フィートコンテナに収まるようなコンパクトな大きさにする、という研究だ。


 日産のリーフの蓄電池容量が40kWh程度だから25台分だが、電気自動車みたいにトロトロとモーターを動かして200キロ走る、というものじゃない。瞬発力のある電源を開発している。0.05~0.1秒で連続放電させてそれを100~200回繰り返す、という特殊な使い方なのだよ。また、これほどの電流を瞬間的に流そうとすると、回路に逆起電力が発生して回路素子を破壊してしまう恐れがある。だから、逆流防止回路を組む必要がある。


 放電される電力は巻コイルを通じてローレンツ力の総和である電磁力を発生させる。高校の物理でフレミングの左手の法則を習ったと思うが、ほら」と俺は左手の親指と人差指、中指を互いに鉛直になるようにして、親指から順番に『運・磁・電』、運動・磁界・電流の方向になる。


 この巻コイル2組の間に伝導体を置くとものすごいスピードで射出される。この射出体も問題で、鉄や鉄の合金の金属製射出体では蒸発してプラズマ化してしまうくらいの温度になる。それで耐熱性のあるチタニウム合金を使用するんだが、この組成が難しい。普通の「TiAl」、チタン・アルミニウムの1:1のチタンアルミナイドの組成比では耐熱性は1000℃。これを1250℃くらいに高めたい。それから、射出体の中にGPS装置、慣性誘導機能を持たせた高速射出弾(HVP弾頭)を組み込まないといけない。普通のGPS装置だと融解してしまうからこの装置保護も難しいのだよ」


 節子がカウンターから乗り出して、俺の目の前で両手をヒラヒラさせた。「おっさん、おっさん、わけのわかんない理科の授業をするんじゃないの!美香さんの顔をご覧よ。ムンクの『叫び』になってるぜ」