フランク・ロイドのブログ

フランク・ロイドの徒然

よこはま物語、ヒメと明彦9、良子・芳子と恵子編、ヒメと明彦 XXXXIV


よこはま物語
ヒメと明彦9、良子・芳子と恵子編
ヒメと明彦 XXXXIV

 1977年7月20日(水)
 ●後藤恵子 Ⅵ


 H飯店本店。中華街で一、二を競う店だ。私はちょっとビビった。店構えの立派さにじゃない。永福がついていてくれるとはいえ、待ち構えている永福の仲間は、私が台湾の連中に依頼されて探っていた人たちなのだ。そのスパイがノコノコ、永福の婚約者でぇ~す、なんて現れてどう思われるだろう?永福は、ホテルからも外で歩き回っていた間も誰にも連絡しなかった。だから、彼らはスパイの私が彼らの前に現れるのを知らない。永福の腕にしがみついた。


 永福がボーイに大奥様と王さんはどこだ?と聞いた。奥の大部屋の個室だ。大奥様と王さんは、警察署と中華街の店のオーナーとの懇親会などで顔見知りだ。顔見知りと言っても、受付係の私が挨拶をしただけだから、向こうが覚えているかどうかは知らない。吉村刑事はいわずとしれた警察の同僚。あとは、誰がいるんだろう?


 永福がノックして部屋に入った。彼は私の手を握っている。一瞬かれに引きずり込まれるみたいになった。ドア枠の出っ張りで躓いた。円形テーブルに、大奥様と王さん、吉村刑事が座っている。見知らぬ女子大生のような若い子が二人。もう一人は知っている。ジミー・周。同じ客家だ。


 大奥様と王さんが眉を上げて私を見た。思い出そうとしている。吉村刑事は、立ち上がって、永福と私のそばに歩み寄ってきた。


「徐さん、あんたはこの女が誰か知っているんだろうな?」と永福に詰め寄る。
「ええ、彼女は、後藤恵子巡査。中国名、レイニー・ヤン(楊丞琳)。私の高校の時の元の彼女。そして、今私の婚約者です」と表情もなく永福は言った。吉村刑事は、今度は私の方に向き直って、
「後藤巡査、キミは、俺が、俺たちがキミに関して知っていることをわかっているんだろうな?」と聞かれた。
「吉村警部補、わかっております。永福に・・・徐に説明してもらいました。あなた方は台湾の連中の密談を聞いた。そして、私が台湾の連中の手先として、警察署内などをスパイしていることを知っていることを」しょうがない。正直に言おう。今度は吉村刑事は永福にまた向き直った。


「徐さん、キミには彼女に関する署内の噂を話したよな?彼女が・・・」
「ええ、昨晩も、レイニーは加藤刑事部長とホテルで寝てました。彼女がホテルから一人で出てくるところを酒に誘いました。それからずっと一緒です。彼女が、加賀町警察の副署長と加藤刑事部長、それと日本人一人、アメリカ人一人と寝ていることも知ってます」こう大っぴらに言われるのは傷つくが、しょうがない。事実だもの。私も言う。
「吉村警部補、永福が言ったのは事実です。彼に言いそびれましたが、あと一人の日本人は横浜税関の人間、もう一人は在日米軍の大佐です。4人とも妻帯者です。彼らと寝て、寝物語の警察署、税関、米軍の情報を台湾の連中に売ってました」


 吉村刑事が頭をボリボリ掻いて席に戻った。大奥様と王さんが、背の高い方の女子大生の女の子を見た。


「私、あなたを後藤さんとお呼びする?それともレイニーさん?面倒だから、レイニーで良いわね?私の年上でしょうけど。私は、高橋良子。良子と呼んで。私の隣に座っているのは」と背の低い女子大生を指差す。「張本芳子。中国名は、張芳芳(ファンファン)。張という名字はご存知でしょう?彼女は吉村刑事の彼女よ。それから、彼は、ジミー・周。知っているかしらね?」と紹介した。


 吉村刑事の彼女?張本芳子?張芳芳?・・・中華マフィアの家の娘じゃないか!


「察するところ、徐さんは、レイニーをこっち側に寝返らせたってことね?」と良子が言う。なぜ、この子が仕切っているんだろう?「どこまで部長刑事と副署長から聞き出したかは、わかりませんが、在日米軍郵便局に居たのは、ここにいる王さん、徐さん、吉村刑事、私とファンファン。もう二人、女の子と男の子がいるけど、巻き込みたくないの」あ!永福も入っているのか!もちろん、そうだろう。
「良子、正直に言うわ。昨晩、加藤部長刑事から聞き出したことは・・・」


 私は刑事部長に「先週は刑事課で大捕物があったでしょう?瑞穂埠頭で人身売買のために誘拐された4人の女性を救出して、台湾マフィア2人を逮捕、台湾マフィアの事務所を急襲して一網打尽なんて、表彰ものですよ。だけど、瑞穂埠頭でしょ?米軍のノースピアじゃないですか?米軍が絡んでいたとか?慶彦が内密に内偵を進めていたんですね?」と聞きました。


 刑事部長は「いや、あれはブンヤに発表できないことがありすぎた。吉村警部補が急に夜中に電話をかけてきやがって、『今、ノースピアの三井倉庫にいます。【偶然】発見して、『集団人身売買の被害女性4人を救出しました。犯人の台湾野郎も捕まえました』って言うんだ。それで、『もう一人、在日米軍郵便局の中にいるから、張り込んで出てきたところと捕まえましょう。これで台湾マフィアをしょっぴくネタになりますよ』と言うので、もう一人を出てきたところを捕まえた。日曜日にヤツラの事務所に踏み込んで、後継ぎと数人取り逃がしたが、残りは全部逮捕した」


 これは台湾の連中から聞いた話と一致しました。私が探らなければいけなかったのは、担当者が誰だったかで、吉村刑事であることは判明しました。しかし、台湾の二人はブタ箱です。米軍には手が出ない。


 刑事部長がいうには「吉村に経緯を問い詰めたが、情報元の身元が危ないんで明かせませんや。私も疑心暗鬼でやってきたら、人質と台湾に出くわしたので保護したんです。部長も手柄を立てたことだし、ご自分の内偵でうまくいきました、ぐらいで内部を収めてくださいよ。私の名前は出さないでいいから、と言われた」


 おかしいだろう?それで、人質の女どもに事情聴取したら、吉村から口止めされているのか、あまり話さない。泣いているばかりで、香港に売り飛ばされなくて幸運でした。ありがとうございます、としか言わない。


 台湾野郎二人を聴取すると、自分らの不利になるからあまり口を割らないが、人質5人は、ってポロッと言うんだ。4人だろ?と聞くと、渋々ゲロした。先に一人逃げました、5人です、という話を聞き出した。吉村に聞いても知らぬ存ぜぬだ。4人でしょ?俺は4人しか見ていないと言い張る。なぜ、米軍基地内に居た誰かが先に一人逃したのか?その女が他の女と一緒に救出されると不都合があるのか?


「『この部分が謎だが、口を割らないんだ。その女は誰か?わからん。それで、なぜ、在日米軍郵便局におまえらと人質がいたんだ?という理由も口を割らない。不良米軍兵士とつるんで、施設を使っていたんだろうな。米軍に正式に聞いても米軍は言わないだろう。米軍内の不祥事だから。それで、この部分はお蔵入りだよ』ということ。刑事部長が知っているのは以上のこと。副署長にはまだ詳細な報告をあげていないと思います」私は良子を見た。


「良子、現場に居た台湾二人が逮捕されていて、彼らは、先に逃げた一人の身元を知っていたんだろうと思う。この女性が何か不都合がある女性なんじゃないか?と思った。たぶん、内緒で吉村刑事が逃したと想像しましたけど、永福を含めたあなた方がしたことだったのね。良子の言う『巻き込みたくない』女の子が先に逃した女の子なのね。わからないのが、王さん、永福が居たこと。なぜ、H飯店が絡んでいるのか、わからなかった。だから、吉村刑事を尾行するのに興信所に依頼したけど、こういうことになった以上、依頼を断るしかないわね。これが昨晩、私が刑事部長から聞いた話。それからずっと永福と一緒だったから、台湾の連中は、吉村刑事が担当したことを知りません。私も、もっと調べないと金にならないので、まだ台湾には報告するつもりはなかったの」と説明した。


 永福が「レイニー、お前の興信所は俺のとダブっているんだ。だから、興信所は、今、吉村刑事とお前を尾行していて、吉村刑事とお前がこの店に入ったので混乱していると思うよ」と説明された。


「うわぁ~、知りたいことが全部わかった!こっちもレイニーに説明しないとね。でも、何をって、おバア様がお決めになって」と良子が大奥様の方を向いていった。彼女は王さんに、お話し、と言う。


「後藤巡査、レイニー、全部説明は面倒だ。端折って説明する。『巻き込みたくない』女の子というのは、この家の、大奥様の孫の彼女だ。孫は林田達夫。もう日本にはいない。中国に放逐した。林田達夫は、台湾野郎どもにこの女の子を大金欲しさに売っ飛ばした。だから、彼女が他の4人の人質と一緒に救出されちゃあ、マズかった。それで、先に逃した。そうじゃないと、彼女の身元が知れる。数珠つなぎに林田達夫の存在がわかる。そうなると、高橋良子、張芳芳の名前も出てくる。H飯店の名前も出てくる。張芳芳から張の家も結びつく。そうなると、台湾野郎どもと俺たちの抗争になる。中華街がひっくり返る。そういうことだ」なるほど。これで、ほとんどのパズルのピースが揃った。これなら、私も何かできるだろう。彼らの考え次第だが。あら、でも、まだ、わからないことが。


「王さん、ひとつ私がわからないことがあるんですけど。在日米軍郵便局に集められた日本人女性の人質を台湾のヤツラはどうしようとしていたんですか?」
「え?後藤巡査、キミは知らないで・・・そうか、キミは台湾の連中に情報を売っていたが、台湾の連中はキミに彼らが何をしているか、説明する必要がないからな。これは最初のことじゃあない。台湾の連中は、日本各地から、誘拐してきた女性を集めて、何度も密航させて、香港・広東のマーケットで、中国人に売りさばいていたんだ。今回の取引で、連中は4千万円ほどの売上を見込んでいたんだ」
「・・・売りさばかれた女性は?どうなるんですか?」
「性奴隷みたいなもんだな。自分の楽しみで、彼女らを犯したり、転売したりする。中東なんかに転売したら、値段が上がってもっと儲かる。日本人女性はステイタスだから。大奥様の孫は、それを知りながら自分の彼女を売り払ったんだ。だから、林田家から放逐された。二度と日本に戻ってこないように。家の恥だ」
「・・・私は、性奴隷を集めるお先棒をかつがされていたんですか・・・許せない・・・チクショウ!私も強姦されて自分の人生が狂ったのに、それと似たような境遇の女性を作るお先棒を・・・チクショウ!」


 大奥様が永福を見た。「徐、何か言いたそうだね?お言い」


「奥様、俺はレイニーに約束したんです。俺に協力する、俺の言う通りにする。それで、レイニーを利用しているヤツラ、レイニーを抱いているヤツラを徹底的に叩き潰して、彼女を自由にすると。もう、他の男に彼女を抱かさせない。俺の妻にします。警察なんか辞めて、俺と結婚して、彼女の両親の台湾料理屋を二人で継ぎたいんです。俺は、レイニーを危ない目には合わせたくない。だが、台湾連中を警察に逮捕させたい。だから、レイニーには、台湾連中に逮捕する理由作りのウソの話を流したい。そのウソの話は、これからみんなで相談しなくちゃいけませんが。それから、副署長、部長刑事、税関職員、米軍の大佐とレイニーの密会の写真は、レイニー自身が誰かに撮らせて持ってます。こういうものを」と永福が写真を4枚、取り出した。私のタンスから持ち去ったものだ。「彼女の顔をボカして使えると思います」


「レイニー嬢ちゃん、真面目な顔をしてやるじゃないか?昼は真面目な警察の巡査。面白い」と大奥様が言う。こう言われると、まったく、私のやっていたことは、まともなことじゃないとますます思った。
「林田さん、奥様、永福に言われることは、私は何でもやります。もう、こういう生活から抜け出したい。それと台湾のヤツラを叩き潰したいです。人身売買の女奴隷なんて許せません!なんでもお申し付け下さい」
「ほぉほぉ、いい心がけだ。後でお前ができることをかんがえようじゃないか。それはそれとして、レイニー、ご両親のお店、地上げにあってるんだろう?レイニーと徐が店を継ごうにも、店がなくなっちゃあしょうがないね。そっちは私がなんとかしよう」
「奥様、あ、ありがとうございます」
「ただね、徐は、あんたの亭主は時々借りるよ。徐の腕が必要なことがあるからね。高校3年生の時にレイニーは大変な目にあったんだよね?噂で聞いてたよ」


「・・・ずっと、知っておられたんですか?」
「お前、中華街のことは私はほとんど知ってるよ。だいたい、お前の名前、レイニー(丞琳)は私が名付け親だよ」
「え?父も母もそんなことは・・・」
「お前んとこは台湾系だからね。あまり、私がって言いたくなかったんだろう。徐とお前のことも知っていたよ。その内、なんとかしようと思っていたが、当人同士で解決したなら、手間が省けた。レイニー、徐のチ◯コは良かったかい?」それを聞いて、永福が珍しく慌てた。彼が狼狽することもあるんだ。
「・・・ええ、奥様、とっても良かったです。7年ぶりでした。もう、彼以外のは一生要りません」
「ホホホ、安産型だから、いっぱい客家の子を生むといいやね」


「奥様、もうひとつお願いがあります」と永福が言った。
「面倒だから、いっぺんにいいな。なんだね?」
「入籍や式は後として、今朝、指輪を買ってきました。婚約と結婚と。これをみんなの立ち会いで交換したいと思いまして」と永福が真っ赤になっていう。永福でも真っ赤になるのか?彼がポケットから3個の赤のボックスを取り出した。
「お前は準備がいいことだよ。余計な儀式はなしにして、交換おし」


 奥様と王さんが立ち上がって、私たちの腕を取った。王さんが婚約指輪を永福に渡した。永福が指輪を私の薬指にはめた。結婚指輪を奥様が、永福と私に渡した。永福が私に、私が永福に指輪をはめた。涙が出てきた。床にしゃがんでしまった。良子が近寄ってきて「さあ、仮祝言で、食べて飲みましょうよ」と言って、私を抱き起こして、席につかせた。隣に永福。


 ファンファンが「レイニー、羨ましいよ。私なんか、高校3年生の未成年で、マフィアの家の娘を抱いた不良刑事が彼氏だよ?レイニーみたいなハッピーエンドにゃならないよ。いいなあ」と言う。


「ファンファンは高校生なの?」と聞くと「大学1年生だけど、まだ未成年だよ。良子も同じ。その女子大生の体をあなたの同僚の刑事がもてあそぶんだ。私、法学部だからね。いつか、検事になったら、吉村を顎で使ってやるつもりよ」と答えた。良子といいファンファンといい、ちょっと得体の知れないところがある。


「後藤巡査、ファンファンと良子は気をつけな。こいつら、わけわかんねえから。そう言えば、お前は柔道で俺相手に手を抜くだろう?黒帯も申請しねえしな。だけどな、ファンファンと良子は合気道とわけのわからん体術を使う。特に、良子は、台湾野郎2人とアメ公3人をアッという間にのしちまった。もしかすると、お前の亭主よりも強いかもしれないぜ」と言う。え?この美少女が?


「あ~あ、みんな相手ができる。良子だけあぶれてるよぉ~。誰か相手を紹介して!ファン!吉村さんを貸して頂戴!」と吉村刑事の腕を引っ張ろうとして、ファンファンに止められている。


 今まで、暗い舞台裏でゴソゴソと這いずり回っていたのが、急に明るい表舞台に出たような気がした。また、涙が出てきた。


 しかし、このメンバーの組合せ、どこか変だ!

ヒメと明彦 XXXXIV に続く。