フランク・ロイドのブログ

フランク・ロイドの徒然

ヒメと明彦 第3章、ヒメと明彦 Ⅸ

ヒメと明彦 第3章
ヒメと明彦 Ⅸ

 1977年7月15日(金)
 ●Masako Komori Ⅴ
  神楽坂、居酒屋



 私が明彦を連れて行ったのは、神楽坂を十分くらい登ったところにある、一見普通の居酒屋。私の部屋から徒歩5分。壁中に「ししゃも 250円」とかメニューがベタベタ貼ってあるようなところ。でも、かかっているBGMは、ジャズがメイン。「ここの店長がジャズ好きなのよ」と明彦にいう。私たちは、ちょうど空いていたので、掘りごたつ形式のテーブル席に向かい合って座った。


 店員さんがお通しを持ってきて、私たちは適当にビールとか、おつまみを注文した。すぐ料理とビールが運ばれてきた。


「じゃあ、私の大好きな明彦に乾杯」
「ぼくもぼくの大好きな雅子に乾杯」


 グラスを合わせた。


「ねえ、今の私の気持ち、わかる?」と明彦に聞いた。ずるい私は上目遣いしている。これ、万里子みたいじゃない?
「ハイ?どういう気持ちですか?」
「あのね、もう口から『気になる、気になる、気になる、気になる、気になる、気になるぅ!』という言葉が溢れ出そうなの」
「何がそんなに気になるの?」


「明彦は『今年の2月に別れちゃったんですよ。その話は・・・その内話します』って真面目な顔で言った。立ち入って聞いて良いような感じじゃあなかった。でも、気になる。だって、明彦は覚えていないかもしれないけど、私、去年、あなたとあなたの彼女を見ているの。去年の合格発表の日。私が学科の履修科目の提出で大学に行った時。バレンタインデーだったから覚えている。2月14日。スケッチブックを抱えていて、男の子と女の子のカップルとすれ違った。その男の子が手袋を落とした。手袋を私は拾って彼に渡した。それがあなただった」


「手袋を拾ってくれた女性は、黒とオレンジの定番マルマンのスケッチブックを胸に抱えていた。Masako Komori とオレンジの部分に黒のマジックで書いてあった。美術部なのかな?とその男の子は思った。拾ってくれた女性に『ありがとうございます』と言って手袋を受け取った。女性は『どういたしまして。もう、落とさないでね』と言って頭の上で手をヒラヒラさせて行ってしまった、そういうことでしたね?」


「え?なぁ~んだ。私のこと、覚えていてくれたんだ?」
「ええ、スケッチブックがポイントでした。理系の大学でスケッチブックを抱えているなんて、建築科か美術部関係かなって。だから、一瞬だったけど『Masako Komori』というサインが目についたんです。ぼくの彼女が『明彦の好みの女の子は見ちゃダメ!あの人、好みでしょ!髪型も雰囲気も私に似てたわ!ムカつく!』って言ったので、ますます記憶に残ってしまったようです。手の甲をすごくつねられて、『入学して彼女を見たら35メートル以内に近づいちゃダメ!』って言われました。それが4月に美術部に行くと、その35メートル接近厳禁の女性が部室にいるじゃないですか。驚きましたけど、雅子がぼくのことを覚えていないようなので、その話はしなかったんです」


「ふ~ん。私が明彦の好みなんだ。あの子、顔、姿格好が私に似てる。彼女、私と同じショートボブで、白のとっくりセーターに黒のミニ、黒のタイツ、ネイビーブルーのダッフルコート着ていた」
「よく覚えているなあ。でも、雅子はあの時、髪は染めてなかったですよね?」
「髪を染めるのは不良!なんて古風なことを思ってたけど、彼女を見たら、あら?軽く茶髪にするのもありじゃない?と思って、その後、この色になったの」
「そんなことがあるんですね。髪を染める動機が彼女だったなんて、不思議な縁だ。え~、その女の子が別れた彼女です。名前は仲里美姫、美しい姫と書きます。彼女が『私のことはヒメと呼んで』というのでヒメと呼んでました。高校の同期の友人の妹で、ヒメが小学校6年生、ぼくが中学校1年生からの付き合いで、合格発表の時は、彼女は高校2年生でした」


「あんな可愛い子と別れちゃったんだ」
「ねえ、雅子、ヒメと雅子は顔と姿形が似てる。雅子が『あんな可愛い子』というと、雅子が自分をあんな可愛い子と言っているようなものですよ」
「・・・自画自賛?」
「ただ、雅子とヒメは外見は似てますが、性格、考え方はまったく違います」
「へぇ~、どこが違うの?」
「雅子は他人に依存するのが好きじゃない。男性に依存するのはまったく好きじゃない。ヒメは、自立を嫌って、ぼくに依存してました。その点が違います」
「あら、私のこと観察していてくれたのね?依存かぁ、私、それはダメだな。美術部の吉田万里子にはなれないわね」
「ああ、一時期、内藤さんと彼女は付き合ってましたね。あれはベタベタでした。でも、ヒメは万里子みたいなぶりっ子じゃないくて、性格は雅子みたいにハッキリしているけど、ワガママでツンツンしているくせにぼくに依存してたんです。別れたって言いましたが、正確にはぼくから逃げ出したんです」

ヒメと明彦 第3章、ヒメと明彦 Ⅸ に続く。