フランク・ロイドのブログ

フランク・ロイドの徒然

こくら物語1-1

こくら物語1-1


第1章

 なぜか、私は初めて来た小倉のバーで酒を飲んでいた。まだ、午後六時半である。小倉の繁華街の雑居ビルの二階。扉を開けると薄暗い店内。


 北九州の工業団地の工場担当者との打合せがあったのだ。海外展開で東南アジアに進出するのに、工場の建設の話を聞きたいというので、わざわざスリランカから出てきたのだ。


 スリランカのバンダラナイケ国際空港からシンガのチャンギ空港にトランジットして、シンガから北九州空港に降り立った。明後日は、同じ会社の大阪本社で再度打合せだ。帰り便は、関空からシンガ、スリランカという空路を考えていた。


 この旅程で、じゃあ、ホテルはどうするか?北九州で一泊するか、さっさと大阪に新幹線で移動して大阪で泊まるか?などと考えていた。うん?待てよ?北九州から大阪までフェリー便があるだろ?移動しながら宿泊もできるなんて一石二鳥じゃないか?


 バーは先客が一人しかいなかった。カウンターで飲んでいる女の子一人。


 私は、ミドルサイズのスーツケースを入り口の横において、彼女から二つ席を開けてカウンターに座った。ママが手持ち無沙汰でグラスを磨いていた。


「いらっしゃいませ」とママが声をかけてくる。
「ああ、こんばんわ」
「お客さん、お早いですね?出張か何か?」と聞かれる。
「ええ、海外から。スリランカという所に住んでいて、シンガ経由で来たんですよ。これから、大阪に飛んでまた打合せで、明々後日帰る予定なんですよ」と答える。


「あら、まあ、海外から?それは大変。こんな遠くまで」ママは黒いドレスを着ていた。三十路ぐらいだろうか?細身の小顔でスラッとしている。大阪に移動するのでなければちょっとお付き合いをしてもいいかな?という私の好みの女性。


「まあ、慣れてますからね。いつもアジアのドサ回りをしているもので、日本みたいな先進国に来るのは珍しいんですよ。え~っと、何をもらおうかな?」と酒棚を見回す。


 地方都市のバーにしては品揃いがいい。「グレンリベットがありますね。グレンリベットをトリプル、With Iceでいただけますか?」と言う。


「お客さん、トリプルですか?」
「そう、トリプル。呑兵衛なものですから、シングルとかダブルじゃあすぐなくなってしまって、薄まり方も速いでしょう?だから、いつもトリプル。珍しいですかね?」
「確かに合理的だわ。お代わりの回数も減りますもの。ハイ、わかりました、トリプル」と言った。


 円錐を二つ合わせたメジャーカップで、綺麗に球状に削った氷の入ったグラスに背の高い方の円錐に緑の瓶から注いだ。もう一回。


「ママさん、それじゃあ、フォーフィンガーじゃないか?」と私が言うと「遠路はるばる来られた旅人ですもの。ワンフィンガーは私のおまけ、サービスよ」と言って私にウィンクした。


 笑顔がキュートだ。このバーへの好感度が数段上がった。メニューを見て、ナッツとビーフジャーキーを注文した。


 ママは会話が上手。私のプライベートをうまく迂回して、でも、ちゃんと身の上を聞き出してくる。自分のプライバシーも小出しにしながら。若い頃はバックパッカーをして世界中を回っていたそうだ。それにも飽きて、実家のある小倉に落ち着いて、このバーの雇われをしているそうだ。年齢は「恥ずかしいけど、もうアラフォーなのよ」と言う。ママの名前を聞くと木村直美、月並みな名前よね、と答えた。


「うん、ママは私のストライクゾーンに入ってますね。私もアラフォーなもので」なんて答える。ママが指輪してないのね?と私の左手を見て言った。バツイチです、と答えたらニコッとした。うれしいんだろうか?


 ママ、時間が早いけどあなたも飲みませんか?とお酒を勧める。あら?よろしいの?と言うので、同じものでトリプルで付き合いません?なんて言ってみる。じゃあ、いただきます、とママもフォーフィンガーを自分のグラスに注いだ。いける口ですね、ママ。


 ママもスリランカに行ったことがあるそうで、世界遺産はみんな回ったそうだ。シギリアロックも登ったわ。大きな蜂の巣が階段の途中にあって、あれは怖かったわ、なんて言う。


 そうすると、横に座っていた女の子が「私も話に混ぜてもらっていいかしら?」なんて声をかけてきた。


 入った時に視界に入ったぐらいで、彼女をよく見ていなかった。黒の踵までのショートブーツ。ストッキングもホットパンツも長袖のシャツも黒。グレーのウールのキャップ。メンヘラみたいな格好だよね?と思った。小顔で可愛い感じだ。二十代前半かな?


「どうぞ、どうぞ。あなたも何か飲みます?」と聞くと「いいんですか?」と言う。
「なんでもどうぞ。なんなら同じものでも?」と聞くとコクっと頷いた。
「じゃあ、ママ、同じものを彼女にも」と注文する。


 テレビでスリランカ特集を視て、私も行ってみたいな、と思ったのだそうだ。ママが「この子はミキちゃん。プータローなのよ。宿無し。この近くの漫画喫茶に住んでいるのよ。治安が悪いから、ウチに来ればって言うのに、意固地なのよね。たまにここでお手伝いをしてもらっているの。運が悪い子だけど、性格はネジ曲がっていないから、私は好き」と彼女を紹介した。


 しばらく、スリランカの話をしていて、ミキちゃんが目を輝かして聞いていた。


 あ、そうだ。フェリーの手配だ。私は思い出した。「ママさん、フェリー乗り場ってこの近く?」と聞く。


「フェリー乗り場?新門司港なのかしらね?ここからだとタクシーで三十分くらいかかるわよ。お客さん、フェリーに乗るの?」
「考えてるんだけど、新幹線で大阪まで行ってホテルに泊まるなら、フェリーで移動すれば、ゆっくりできるし、宿泊の心配もなくていいからね」


「お酒の注文と同じで合理的ね」と言う。すると、ミキちゃんが「え~、フェリーですか?私、一度も乗ったことがないの。いいなあ」と私の顔を見て言った。


 私は、iPadをカバンから取り出して、新門司から大阪までのフェリー便を調べた。大阪の泉大津港まで運行している。九時出港?あらら、今は・・・七時半か。まだ間に合う。到着は明朝九時半。結構かかるもんだな、と思った。十二時間半の船旅だ。


 私のiPadを覗き込んでいたミキちゃんが「いいな、いいな」と言う。


 私は部屋を調べながら「ふ~ん、スイートルームで、大人料金がニ万三千円ぐらい。新幹線とホテル代を考えると、ゆったりできる分安いよね?」と言った。


「いいなぁ~、連れて行って欲しいなあ~」とミキちゃんが言う。ママが「ミキちゃん、お金もないのによく言うわ。エコノミーでも七千円くらいするじゃない?」とママも料金表を覗き込んで言った。


「ミキちゃん、なんなら、このファースト往復、買ってあげようか?」とミキちゃんに聞いた。ファーストだと一万二千円くらい。往復と言っても二万四千円。二人で船旅も悪くないだろう。


「おじさんはどうするの?」と言うので、「私はゆっくりしたいから、スイートルームにするけど・・・」
「え~、それじゃあ、別室じゃない?」と言う。
「いや、ミキちゃん、今日会った見知らぬ男女が同じ部屋というわけにもいかないじゃないか?別室だけど、食事とか船の中を散策するのは一緒にできるよ」


 ママも「ミキちゃん、何をバカなことを言っているの?」とミキちゃんをたしなめる。


「私、おじさんとなら、同じ部屋でも平気だけどなぁ~。間違いが起こってもいいじゃない?私、気にしないわよ。おじさんとだったら、喜んで間違いをしちゃうもん」とギョッとするようなことを言う。


「ミキちゃんね、キミは私のことを知らないでしょ?もしかしたら、殺人鬼かもしれないし、ど変態かもしれないんだよ?」と言った。


 そうすると、ミキちゃんは私の顔を覗き込んで「おじさん、殺人鬼なの?ど変態?船の中だよ。密室なんだよ。もしも殺人鬼だったとしても、今日会ったばかりの女の子を殺してどうするの?船の中で逃げ場がないじゃない?ど変態って、私だってど変態かもしれないじゃない?性病だって持ってるかもしれないんだよ?」と畳み掛けて言う。


「まったく・・・ミキちゃんは発想がおかしいわよ。それもね、私だってミキちゃんみたいに自由だったら、同じようにおねだりしちゃうかもね・・・」なんてママまで変なことを言う。


「まあ、そのね、私は船賃なんか気にしないけど、どうにも、ひと回りくらい年の離れた初対面の女の子と一緒に部屋なんて・・・」
「あら?ちょっとしたパパ活でも数万円するんだし、パパ活と思ってもらって、私を自由にしてもいいのよ、おじさん」
「そんなことを言って・・・知らないよ、ミキちゃん、何が起こっても」
「大丈夫、おじさんに責任をなすりつけません。なんなら、スマホのボイスレコードに録音しても良いわよ。証言しますから。ママも証人になってくれるもん。私は、おじさんに何をされようと・・・殺人は止めてよね・・・おじさんに責任を取らせることはいたしません。だから、一緒に連れてって。ね?お願い」と私のiPadを取り上げて、フェリーのWeb予約のページをさっさと画面に出してしまった。


「ハイ、どうぞ」とミキちゃんがiPadをカウンターの私の前に置いた。


 勝手に今日の日付を入力して、出発地到着地をタップしている。新門司でしょ・・・大阪南港・・・21:00発・・・09:30着・・・


「スイートね、スイート」と入力、二名、などとサイトを進める。クレカを強引に出させられた。クレカ番号、私の名前、同乗者の名前などを入力してしまう。確認ボタンが出る。「ハイ、おじさん、良いわよね?」と彼女が確認ボタンを押してしまった。


 私とママが同時に「あ~あ、やっちゃった」と言った。ママが「ミキちゃん、私は何が起こっても知りませんからね」と宣言する。「このおじさんなら大丈夫よ。心配しないで。ママ、証人だからね」と言う。


「だけど、ミキちゃん、着替えとかどうするのさ?」と私が聞くと「私、宿無しのプータローなのよ。この近くの漫画喫茶に住んでるのよ。だから、いつも持ち物は持ってるの」と私が置いたスーツケースの横のボストンバッグを指差した。「やれやれ、都合よくできているものだな・・・」と私はため息をついた。


「おじさん、もう八時近くよ。ここを出ないと九時の出港に間に合わないわ」と言って「ママ、お勘定」と勝手にいう。「おじさん、タクシー呼ぶわね。三十分かかるんだから。早く早く」


 仕方がない。私は観念した。私はママに名刺を渡した。


「ママさん、これが私の名刺。おかしなものじゃないけどね。何かあったら、スリランカのこのスマホの番号でも・・・ええっと、日本のスマホ番号は・・・」と名刺に日本のスマホ番号を書き入れた。


「今、かけてみて下さい」とママに電話をかけさせた。私のスマホが鳴った。「これでいい。間違いがないように注意するけど・・・保証しませんよ」と言うと、ママが「なんでこんなことになるのか・・・まあ、仕方がない。こうなった以上は楽しんできてね。このバカ娘、煮るなり焼くなり抱くなりしても構いませんよ。あ~あ、こういう手がありなら、私だって、スイートルームに泊まりたいわ。このバカ娘!」とミキちゃんの頭をポカリと殴った。


「ママ、痛いじゃないの。さって、タクシー、すぐ来るみたいだわ。おじさん、行きましょう。ママ、大阪から連絡するわね。このおじさんが殺人鬼で殺されなかったらね」と言って、私のスーツケースをガラガラ引いて店を出てしまった。


「仕方ない。ママさん、行ってきますよ。まいったね」
「ご迷惑でしょうが、よろしくお願いします。悪い子じゃないから、それは安心して下さい。行ってらっしゃい。気をつけて」


 一階に降りるともうタクシーが来ていて、ミキちゃんのボストンバックと私のスーツケースを運転手がトランクにしまっているところだった。リアシートに座っているミキちゃんが「おじさん、乗って乗って。新門司港まで三十分だってさ。乗り遅れちゃうよ」と言う。


 やれやれだ。どうなるのだろうか?


第2章

 タクシーの運転手さんが振り返って私に聞く。「お客さん、新門司港、ターミナルはいくつかあるんだけど、どこ行きですか?」と言うので、「大阪の南港行きですけど」と答えた。「ああ、だったら、第二だ」ということで発進。


「運転手さん、第二ターミナルの手前でコンビニありますか?」
「新門司北一丁目のセブンイレブンがあるけど?」
「そこも寄って下さい。キャッシュ下ろさないと。ちょっと買い物も」
「ああ、そうだよね。わかった。出港時間は?」
「九時ですが・・・」
「じゃあ、今、七時五十五分だから、買い物は急いで下さい。時間があまりないよ」と言う。ギリギリかな?


 右隣のミキちゃんが運転手に気兼ねしてか、私に小声で耳打ちしてきた。「おじさん、現金下ろすって、何?私に気を使っているならいらないよ。船賃を奢ってもらっただけで十分だから。パパ活しているんじゃないんですからね」と言ってきた。


「ミキちゃん、違うよ。あのね、フェリーは海の上を航行するから、クレカが使えないらしいんだよ。だから、みんな現金決済。食事もドリンクもみんな現金が必要なんだよ。それと、お酒とつまみをコンビニで調達したいんだ。フェリーの売店は商品に限りがあるだろう?」と答えた。


「なんだ、そうだったんだ。わかった」
「ミキちゃん、スイーツとかも買っちゃおうね。制限時間、五分で済まそうよ。食事はビュッフェが使えるはずだから、おつまみとお酒。私はまず現金を下ろすからね。遠慮しないで何でも買ってね。船内のレストランは閉まっちゃうだろうから、夕食も買おう」


 運転手さんが道路右側のセブンイレブンに車をつけた。運転手さんに五分で戻ります、と言う。タクシーのドアが開くや二人でダッシュした。私はATMでまず十万円おろす。それから買い物かごを持って、グルっと店内を回った。ミキちゃんは、人差し指で陳列棚を指差して決めてから、どんどん籠に放り込んでいく。


 私は酒の棚でビールと酎ハイ、ワイン、スコッチ、日本酒を買った。それから、氷。カマンベールチーズを見つけた。夕食はどうしよう?寿司の二十貫パック、稲荷寿司の八貫入パック、鰻のパックも籠に放り込む。男の買物なんてこんなもんだよ。ミキちゃんが私を見ていった。「おじさん、終わったよ」と言う。彼女と私のと二つの籠をキャッシャーに並べた。


 キャッシャーの女の子が商品をリーダーで次々と読み取っていく。きのこの山、ティラミス、カカオ 90% チョコ、唐揚げ、おにぎり・・・え?0.01mm 時間遅延コンドーム、十個入り・・・


「ミキちゃん、あのさ・・・」
「おじさん、気にしないの。もしものためよ。なきゃ、困るでしょ?それにお互いの性病予防よ」とまたギョッとすることを言う。


 店員さんが私たちのやり取りを聞いていてニコッとしている。あ~あ、彼女にどう私たちを思われているんだろうか?しょうもないおじさんとパパ活で引っ掛けた女の子なんだろうな。まあ、仕方がない。時間もないからな。


 会計をしてタクシーに戻った。五分だ。「すごいね。ちゃんと五分だよ」と運転手さんが言う。タクシーは左車線に戻って、第ニターミナルへ。


 二人でハァハァいって、受付に。あの、iPadで予約してるんですけど、といって予約画面を見せると、もう乗船して結構です、お急ぎ下さいと言われた。


 メインのビルとそれをつなぐコンコースの通路が長い。三百メートルはあるだろうか?ミキちゃんが「おじさん、荷物、任せて」と私のスーツケースを取り上げて引っ張って駆けていった。ミキちゃん、馬力あるよな。乗船口は四階だった。


 船内の受付でiPadの予約票を見せた。「ハイ、宮部様ですね」と受付の女の子が言う。私もミキちゃんもハァハァ言って言葉にならない。「お部屋は七階になります。階段かエレベーターをご利用下さい」と言われて、部屋のカードキーを二枚渡された。


 見回すと、最上階までの吹き抜けに螺旋階段があった。階段の正面にはエレベータの乗り口が。


「ダメだ、ミキちゃん、エレベーターにしよう。息が続かないよ」
「賛成。私もスーツケースとボストンバックを引きずって、階段を二階分あがる元気はないわ。部屋に辿り着く前に心肺停止しちゃう」と二人でエレベーターに乗り込んだ。


 七階には、階段の左右に男女の大浴場がある。ドリンクの自動販売機もあった。私たちのスイートルームはエレベーター横から艦首にのびる廊下の左右にあった。部屋番号は003室だった。自分のスーツケースを引きずりながら部屋にたどり着く。ドアノブの上に平たいスロットがあった。これがカードキーの挿入口だな、と思って差し込む。ドアノブの上のLEDライトがグリーンになって、ガチャッとドアロックがリリースされた。


 部屋は約30平米。シティーホテルのシングルルームが17平米ほどだから、ほぼ倍の大きさだ。さすがに船なのでゆったりしたスペースを確保できるようだ。


「おじさん、すごいよ。高級ホテルみたいだよ」
「ミキちゃん、おじさんは止めよう」
「だって、名前、知らないもん」
「私もミキちゃんの名前と苗字を知らないな。お互い名前も知らないで、船の同じ部屋に一泊しようってんだから、呆れるね、私たちは。私の名前は、宮部明彦だ。明彦でも宮部でもどっちでも呼んでいいよ」


「私の名前は、岡田美雪。美しい雪って書くの。小さい頃から名前を略されて、ミキ、ミキって呼ばれてたの。じゃあね、二人だけの時には明彦で、外に出たら宮部さんって呼ぶわね」
「ミキちゃん、女性に年を聞くのもなんだけど、何才なの?」
「ああ、そっか。年を言ってなかったわね。二十三才よ。ちゃんと成人してますからご安心下さい」
「私は1.5倍だ。三十五才だ。ミキちゃんの叔父さんぐらいな年だろうな」
「私のパパは、四十八才。ちょうど、パパの弟、私の叔父さんが三十七才。文字通り、叔父さんね!」
「う~ん・・・」私の叔父さんと同じような年と言われても困るな。ひと回り、ミキちゃんと違うんだ。なんだかなあ。


「明彦、『う~ん』って唸って何?何なの?ティーンだったら唸ってもいいけど、もう二十三。成人している大人の女性よ。それなりに扱ってもらわないと怒るわよ」
「わかった、わかった。年齢は気にしないようにしよう」私は壁際のデスクの引き出しを開けた。


 施設案内が入っている。え~っと、レストランは、朝の五時から入港前まで開店なんだな。大浴場は、十時までか。朝は四時半から入港前まで開いている。ギリギリ、大浴場は間に合いそうだな。そう思って、ミキちゃんに声をかけた。


「ミキちゃん、この七階にある大浴場は十時まで開いているってさ。外が見えるぞ。大浴場の外には露天風呂があって、星を眺めながらお風呂に入れるよ」と彼女に言うと、部屋を探検していて、バスルームを覗いていたミキちゃんが「明彦、ちゃんと湯船があるわ。大浴場って混浴じゃないんでしょ?私、別々になるのヤダ。湯船にお湯をはるから、二人でお風呂にはいろうよ」
「え?二人で・・・お風呂に・・・」
「いいから、いいから。そのおじさんの恥じらいってヤツは船外に放り出してよ。あ!そうだ!ママさんに連絡しないと」と言ってスマホを取り出した。


「あ!ママ?ミキよ。なんとか間に合ったわ。ギリッギリ。え?いるわよ、ここに。スピーカーフォンに切り替えるわ。みんなで話せるでしょ?」と画面のスピーカーのアイコンをタップする。


「宮部さん、ウチのミキがお世話になってます」
「いやいや、冷や汗ものですよ。ひと回り違う女の子と・・・」


「明彦、そんな話はいいんだってば。ママ、乗船する前にセブンで買い物したのよ。それで、明彦がATMで現金をおろすっていうから、パパ活じゃないから現金なんて私要らない、って言ったの。そうしたら、船内って、クレカが使えないんだって。勘違いしちゃったよ。それでね、レストランが閉まっちゃうから、何でも買いなさいって言われて、お寿司とかおつまみとかスイーツとか買ったのよ。五分しか時間がなかったから、籠にどんどん放り込んじゃったわ。そうそう、0.01ミリも買ったわ。明彦、ドギマギしてるんだんもん。おじさんの恥じらいって面白いね」


「ミキちゃん、宮部さんを呼び捨てにして・・・」
「だって、二人でこう呼ぼうって今さっき決めたのよ。了解を取ったの。二人のときは明彦で、部屋の外では宮部さんって呼ぶからね、って」
「う~ん、まあ、いいか。それで、ちょっと、0.01ミリって?あれ?」
「そうよ。岡本理研のあれよ。もしもの時には使うんだから」
「ミキちゃん、そういうのって大胆・・・」
「明彦は恥じらってますけどね。私だって成人の女性よ。同じ部屋なんだから、当然そういうこともあるわ。明彦、お風呂に二人で入ろうって言ったらギョッとした顔をしてるんだもんね。うぶなオジサマだわ。本人は額を叩いてますけれど・・・」


「宮部さん、この子、悪い子じゃないけれど、こういう成り行きでいいんでしょうか?」とママさんが私に聞いてきた。
「ママさん、どうも押し切られてますよ」
「まったく、代われるなら私が代わりたいくらいよ」
「ママさん、そういう刺激的なことを言われても・・・」
「あ!ママ、このお部屋、高級ホテルの部屋みたいよ。いいでしょう?四角い大きな窓から瀬戸内海が見えるの」と彼女はスマホをビデオに切り替えて、舷窓にスマホを近づけた。ママに見せている。


 私はテレビをつけて、船の現在位置と航路をマップで示しているチャンネルを出した。


「テレビに航路が出たわ。まだ、新門司港の中をノロノロ動いているんだけど、これから宇部市の沖合を通って、山口県の沖合を瀬戸内海を通って進んでいくみたい。音もなくしずしずと動いているわ。部屋の照明を消して、外を見るとロマンチックねえ。ビデオでママにも見えるわね。どう?ママ、見える?素敵でしょう?」


 スマホからくぐもったママの声が聞こえた。「まあ、綺麗。悔しいなあ。私がそこにいたいわよ」と言っている。「ママ、そろそろ電波が・・・」と港外に出たらしく、通話が切れる。


「あれ?切れちゃったよ。じゃあさ、明彦、お風呂に入ってから、お寿司を食べましょうよ」
「おいおい、入るの?」
「うん、入るの、一緒に」とクローゼットを開けて、室内着を取り出した。「あら、オシャレな部屋着だわ。ハイ、明彦」と部屋着を渡される。


 ミキちゃんがベッドに腰掛けてグレーのウールのキャップをとる。長いサラサラの黒髪だ。ホットパンツを脱ぎだした。続けてストッキングも脱ぎだす。ストッキングというより、タイツだったんだ。パンツ見えてるよ。お~い。


「おいおい、ミキちゃん、ここで全裸になるつもりか?」
「明彦、違うわよ。この狭い浴室で立ったままでストッキングを破らないで脱ぐ方法って思いつかないから、ストッキングをここで脱ぐのよ」と長袖のシャツも脱いでしまう。ブラとパンティーだけ。お~い。


「刺激が強い光景なんだけど・・・パンツ、見えてるよ」
「見えたって減るもんじゃないでしょ?それとも、私の体、お気に召さない?」
「いいや、好みのプロポーションだよ。胸も大きすぎず、小さすぎず、掌にすっぽり収まる好みのサイズだ・・・って、何を私は言っているんだ・・・」
「私の胸、ちょっと小さすぎない?」とブラを引っ張って胸を見下ろす。


「そのくらいが良い。お尻も丁度いい」
「好みなのね?そうなのね?」
「うん、私のタイプの体だよ・・・って、いや、だからってね、そういう話じゃない!」


第3章

● バーの直美


 あら?フェリー、圏外に出ちゃったのかしら?切れちゃった。


 宮部さんとミキちゃんがバタバタ出ていった後は、お客さんも来ない。


 まったく、年齢的には、ミキちゃんより私じゃない!なんで?・・・まあ、そうか。私はバーの仕事があるし、プータロウのミキちゃんは自由だもんなあ。服から何から、バックに持ってるから、そりゃあ、宮部さんだって、お持ち帰り・・・じゃないな、彼女が強引についていったんだもんなあ。


 高校、大学と、私ったら、いつも誰か横から男性を持ってかれる。ついてない人生よね?


 まあ、ミキちゃんも、大学生で同棲して、相手がDV男でアパートを飛び出して、プータロウになったんだから、彼女もついてない人生かもなあ。


 それにしても、フェリー、片道切符を買ったけど、ミキちゃんは大阪で何をするのかしらね?たぶん、宮部さんが帰りのチケットを買ってくれるんだろうけど、彼だって仕事で来ているんだし。明日、こっちに帰ってくるのかしら?着くのが大阪南港とか言ってたな?09:30着?


 なんか、鳶に油揚げを持っていかれたような気がする。なんか、腹立ってきた。いいよなあ。今頃、関門海峡辺りかな?21:00発で09:30着のフェリーねえ。12時間もアラフォーの男性と23才の女の子が、スイートルームに二人きり。夜の海をみながら・・・いいなあ・・・


 なんか気になる。私はスマホで検索してみた。大阪南港って、住之江区にあるんだね。ふ~ん。Googleマップで見ると・・・新大阪駅からは、タクシーで30分くらいかかるんだ。ふ~ん。でも、小倉からのJRは最終が出ちゃってる。なるほど。あら、夜行バスなら、小倉23:20発で、大阪梅田に07:20に着くんだ。ふ~ん。梅田から大阪南港まで・・・20分・・・ふ~ん。フェリーの着く9時前には間に合う。なるほど。


 って、私、何をしてるんだろう?


 ミキちゃんの言っていた 0.01ミリが、0.01ミリが、0.01ミリが・・・ミキちゃん、可愛いからなあ。宮部さんだって、ミキちゃんが言うんだから、我慢する必要もないわけだし!あの子、私に見せつけるように、スマホで部屋の映像を送ってきたわね。く、悔しい!悔しいじゃないの!


 ないのよ!我慢!ぜぇ~ったいに、あの二人はやる!ニャンニャンする!私なんか、ここしばらくご無沙汰なのに・・・悔しくなってきた。酒、飲んじゃおう!


 一人で飲んでも面白くないわよね。もう十時かぁ~。お客もいないし、お店、閉めちゃおうかな?で、家に帰るの?つまんないなあ。夜行バス、23:20発ねえ。バスターミナルは・・・小倉駅前なんだ・・・リーガロイヤルホテル小倉・・・家に帰って、荷物を詰め込んで、ダッシュすれば、23:20発なら乗れる!今なら乗れる!


 いやいや、ないない。それで、大阪南港に行って、ニャンニャンした宮部さんとミキちゃんをフェリーターミナルでアラフォー女が仁王立ちで待ち構えるって、ないない。あんたら、ニャンニャンしたやろ!って指差すの?そりゃ、惨めばい。


 いや、待てよ?宮部さんはお仕事行っちゃうわけだし、ミキちゃんはどうするの?そのままフェリーで帰ってくる?一人で?う~ん、だから、ミキちゃんを大阪まで迎えに行く。それで、大阪でお買い物をして、小倉に戻ってくる。だから、お姉さん役の直美としては、保護者として、ミキちゃんを・・・


 あら?私、何、お店閉めているんだろう?私は何をするつもりなの?え?あら?


第4章

● スイートルーム1


 私たちの部屋は、フェリーの八階。珍しいので、部屋の中をのぞきまわった。部屋はツインベッドだった。わあ、どうする?夜、寝たら、私が明彦のベッドに潜り込む?キャッ!それとも、明彦が私のベッドに来るのかしら?


 フェリーって初めて。面白い。救命胴衣なんてのがクローゼットにある。ベッドの横にあるソファーセットのテーブルって床にボルトで固定されている。カーテンをはぐると、普通の窓じゃん!


 てっきり、私は映画で見るような丸いガラス窓かと思っていた。でも、このフェリー、窓の外は展望デッキになってる!これって、カーテンを開けてエッチィことをしていたら、外から覗かれるってやつ?


 明彦は、買ってきたものを冷蔵庫にしまったりしている。袋から 0.01ミリの箱が出てきて、おじさん、考えてるぞ。ああ、作り付けの鏡の付いたデスクの上に置いたよ。どこかしまうんじゃなくって、そこに置いたということは、いざという時はすぐ手に取れる場所に配置したってことだね?一応、あれすることは考慮しているんだね?おじさんは?


 お風呂場もついてるんだ!ありゃ!湯船がおもったより大きいよ。これ、二人で入れるじゃん!決めた!あなた、お風呂にしましょう! 👉 お食事ね!お寿司とお稲荷さん! 👉 それで、私!、このコースにしよう!


 あ!そうだ!ママさんに連絡しないと」とママに電話する。


「あ!ママ?ミキよ。なんとか間に合ったわ。ギリッギリ。え?いるわよ、ここに。スピーカーフォンに切り替えるわ。みんなで話せるでしょ?」と画面のスピーカーのアイコンをタップする。


「宮部さん、ウチのミキがお世話になってます」
「いやいや、冷や汗ものですよ。ひと回り違う女の子と・・・」


「明彦、そんな話はいいんだってば。ママ、乗船する前にセブンで買い物したのよ。それで、明彦がATMで現金をおろすっていうから、パパ活じゃないから現金なんて私要らない、って言ったの。そうしたら、船内って、クレカが使えないんだって。勘違いしちゃったよ。それでね、レストランが閉まっちゃうから、何でも買いなさいって言われて、お寿司とかおつまみとかスイーツとか買ったのよ。五分しか時間がなかったから、籠にどんどん放り込んじゃったわ。そうそう、0.01ミリも買ったわ。明彦、ドギマギしてるんだんもん。おじさんの恥じらいって面白いね」


「ミキちゃん、宮部さんを呼び捨てにして・・・」
「だって、二人でこう呼ぼうって今さっき決めたのよ。了解を取ったの。二人のときは明彦で、部屋の外では宮部さんって呼ぶからね、って」
「う~ん、まあ、いいか。それで、ちょっと、0.01ミリって?あれ?」
「そうよ。岡本理研のあれよ。もしもの時には使うんだから」
「ミキちゃん、そういうのって大胆・・・」
「明彦は恥じらってますけどね。私だって成人の女性よ。同じ部屋なんだから、当然そういうこともあるわ。明彦、お風呂に二人で入ろうって言ったらギョッとした顔をしてるんだもんね。うぶなオジサマだわ。本人は額を叩いてますけれど・・・」


「宮部さん、この子、悪い子じゃないけれど、こういう成り行きでいいんでしょうか?」とママさんが私に聞いてきた。
「ママさん、どうも押し切られてますよ」
「まったく、代われるなら私が代わりたいくらいよ」
「ママさん、そういう刺激的なことを言われても・・・」
「あ!ママ、このお部屋、高級ホテルの部屋みたいよ。いいでしょう?四角い大きな窓から瀬戸内海が見えるの」と私はスマホをビデオに切り替えた。舷窓にスマホを近づけた。どう?ママ、見えるかな?


 明彦がテレビをつけて、船の現在位置と航路をマップで示しているチャンネルを出した。


「テレビに航路が出たわ。まだ、新門司港の中をノロノロ動いているんだけど、これから宇部市の沖合を通って、山口県の沖合を瀬戸内海を通って進んでいくみたい。音もなくしずしずと動いているわ。部屋の照明を消して、外を見るとロマンチックねえ。ビデオでママにも見えるわね。どう?ママ、見える?素敵でしょう?」


 スマホからママの声が聞こえた。「まあ、綺麗。悔しいなあ。私がそこにいたいわよ」と言っている。「ママ、そろそろ電波が・・・」と港外に出たらしく、通話が切れる。


「あれ?切れちゃったよ。じゃあさ、明彦、お風呂に入ってから、お寿司を食べましょうよ」
「おいおい、入るの?」
「うん、入るの、一緒に」とクローゼットを開けて、室内着を取り出す。「あら、オシャレな部屋着だわ。ハイ、明彦」と部屋着を渡した。


 でも、脱衣所はさすがについてないね?ストッキングをどう脱ぐかだな。えい、面倒くさい。私はベッドに腰掛けて、グレーのウールのキャップをとる。ホットパンツを脱いだ。彼が目のやり場に困っている。エヘヘ、どうだ!23才の体だ!ストッキングも脱いじゃえ。


「おいおい、ミキちゃん、ここで全裸になるつもりか?」
「明彦、違うわよ。この狭い浴室で立ったままでストッキングを破らないで脱ぐ方法って思いつかないから、ストッキングをここで脱ぐのよ」と長袖のシャツも脱いだ。ブラとパンティーだけ。どう?興奮する?


「刺激が強い光景なんだけど・・・パンツ、見えてるよ」
「見えたって減るもんじゃないでしょ?それとも、私の体、お気に召さない?」
「いいや、好みのプロポーションだよ。胸も大きすぎず、小さすぎず、掌にすっぽり収まる好みのサイズだ・・・って、何を私は言っているんだ・・・」
「私の胸、ちょっと小さすぎない?」とブラを引っ張って胸を見た。まあ、Eカップじゃないけど、一応Dカップはある。乳首もピンクだぞ。


「そのくらいが良い。お尻も丁度いい」
「好みなのね?そうなのね?」
「うん、私のタイプの体だよ・・・って、いや、だからってね、そういう話じゃない!」


 ブラとパンツだけになったから、押し倒してくれるかな?なんて思ったけど、紳士的だね。チェッ!


「私、湯船にお湯をはってくる。明彦も脱ごうよ」と言ったが、おじさん、もじもじしている。何?ひと回り年が違う女の子とあれしてこれするのは、って倫理感と道徳感でさいなまれているってわけ?気にしなくていいのに。
「明彦、私、処女じゃないんだから、気にしなくっていいのよ。それに性病持ちじゃないし、私の体をどうしたって、かまわないのよ」と言った。
「まいったなあ」と答える。何がまいるのよ?


 私は、お風呂場に行って、蛇口を捻った。40度くらいかしら?彼を先に入れて、私は彼の両脚の間に潜り込んで、背中とお尻を彼に押し付けちゃおう!どうだ!これで、私に手を出さなければ、明彦はインポだ!バスタオルを二枚もって、一枚を彼に渡す。さすがに、ちょっと恥ずかしいので、タオルを体に巻いて、ブラとパンツを脱いだ。彼も私に背を向けて、服を脱いでいく。諦めたのね。


 まあ、私も元カレのアパートから逃げ出して、プータロウをやっているけど、元カレしか経験がないんだ。だから、強がっちゃいるけど、実は恥ずかしいんだ。


「明彦、私ね、元カレと大学の時同棲していたんだけど、DV野郎だったんだ。それで、彼のアパートから逃げてプータロウをやっているけど、実はね、男性経験って、そのDV野郎としかないのよ。つまり、明彦は、私の人生二人目の男性になるかもしれないってこと」とお湯をためている間、彼に告白した。「だから・・・実は、ちょっと恥ずかしいの」


「ミキちゃん、それはわかったけど、なんで私?さっきバーで会ったばかりの男になんで?」
「え~っと。箇条書きで説明しましょう。1)ちゃんとした会社員みたい、2)ママに言っていたけど、バツイチで今独身。不倫関係にならない、3)フェリーに乗ってみたかった、4)どうせ乗るなら、スイートに泊まりたい、5)船賃を出してもらって、私には提供できるのがこの体しかない、6)元カレの家から逃げ出して以来、セックスしてない、溜まってる、7)明彦は、私の印象だけど、乱暴しない、8)たぶん、体の相性はよさそう、9)実は私はファザコンなんで、年上が好き、と以上の理由で納得いただけるでしょうか?」とまくし立てた。なんか、考え込んでる。私の九箇条を反芻しているの?


「ミキちゃん、女の子でもセックスしてないと溜まっちゃうもんなの?」と聞かれた。おっと、そこをついてくるのか?意外だ。
「人によるんじゃないかなあ?でも、私やママは溜まる方だよ」
「ママも?」
「うん、時々、ママの部屋に行くとエッチな話しかしない。ママも最近、相手がいないから、溜まってるようだよ」
「九州の、小倉の女性って、みんなそうなの?」
「他の地方は知らないけど、女の子ってたいがいそうだよ。高校でも、大学でも、女の子同士ってエッチィな話しかしないよ。明彦のところはどうなの?どこで産まれて育ったの?」
「産まれも育ちも横浜だけど」
「お!浜っ子じゃん!なんかそういう気がしたんだ、横浜の女の子って、こうじゃないの?」
「ミキちゃんほど率直じゃないなあ。まあ、ぶりっ子してるのかもしれないけどね」
「気を持たせるよりもいいじゃない?率直な方がさ・・・って、お湯が溜まったか見てくる」


 お湯は満タンに溜まっていたので(私の性欲と一緒だね)、私はさっきデスクの引き出しで見つけたアメニティーの袋から、秘湯の湯という入浴剤を取り出した。にごり湯って書いてある。さすがに、透明なお湯ははずかしいでしょ?入浴剤をふりかけたら、お湯が白濁した。


「準備完了です、旦那様。先に入って下さい」と明彦に言う。首を振っている。やれやれ、ってことかな?


 お風呂場から彼が「どうぞ」と言う。私は・・・「明彦、やっぱり恥ずかしい。うちん体ば見らんでくれん」と思わず方言が出てしまった。彼が向こうをむいてるよ、と壁の方を向く。私はタオルをとった。体にお湯をかけた。


「明彦、両脚、拡げて。私の入れる場所を作ってよ」
「こうかな」とまだ壁の方を見ている。


 私は彼が開いた両脚の間にもぐりこんだ。どうかな?彼に背中とお尻を押し付けた。お!なんか固いものが背中にあたるね。インポじゃなかった!


「エヘヘェ、明彦、インポじゃなかったね」
「ミキちゃん・・・私は正常ですよ」
「手も出してくれない、襲ってもくれないから、一瞬、疑ったのでしたぁ~」
「・・・」
「固くなったね?」
「あのね、ミキちゃん、プニプニした23才の可愛い女の子が、背中とお尻を押し付けて、自分の両脚の間にいれば、そりゃあ、固くなるよ」
「じゃあ、抱いてくれるのね?」
「これで、抱くなと言われても無理だ」
「そぉこなくっちゃ・・・って、自分で言ってて恥ずかしいんだ、実は」
「まいっちゃうなあ」


第5章

● バスの車内


 iPadに乗車するバス毎の空席あり、なしのタッチパネルがあった。小倉23:20発、大阪梅田07:20着・・・幸い空席、あるじゃない。よしよし。片道3千円ちょっと。それほど高くないんだ。ポチッ・・・って、私、何しているの?大阪に行ってどうしようというの?・・・ポチッ・・・あ!押しちゃった。押しちゃいました。もう、行くしかないじゃないのよ。


 乗車した。左右二席の座席配置。間に仕切りが有って、顔をおおう乳母車についているようなフードがある。悪くない。シートに落ち着いた。


 家から真空ポットに入れて持ってきたニンジンとグレープフルーツのジュースをグビリ。ちょっとほろ苦い。野菜や果物のジュースって、三種類以上ミックスするのは好きじゃないのよ。


 あれ?いつの間にか下関。バスは数回、トイレ休憩でサービスエリアに泊まるんだそうだ。夜行バスなんて乗ったことがないから、これはこれでいい経験だ。もう、午前になっていて、カーテンをちょっと開けて外を見ると、家々が後ろに流れていく。ふ~ん。


 黒のワンピースを着てきた。ミキちゃんの黒尽くめに合わせたわけじゃないんだけど。梅田かフェリーターミナルでお化粧しようと思って、今はスッピン。


 いつも鏡を見ると日に日に年取っていくような気がするけど。気のせい、気のせい。でも、35才というのは動かせない。


 あ~あ、こんなことなら、前の彼氏で手をうっておけばよかったかなあ。でも、言われちゃったものなあ。大学院卒なんて、俺には釣り合わねえよって。悪かったわね、院卒で!院卒だろうが、なんだろうが、今はバーの雇われママですよ!


 あ~、私、何やってるんだろう?宮部さんとミキちゃんを待ち構えてどうするっていうのよ。我ながら理解不能。梅田まで行ったら、大阪南港のフェリーターミナルなんか行かないで、大阪をグルっと回って、小倉に帰っちゃおうかなあ。


 宮部さんとミキちゃん・・・宮部さんとミキちゃん・・・宮部さんとミキちゃん・・・


 お風呂に一緒に入っちゃたりしてね。二人で触りあったり、あんなこと、こんなこと、しちゃったりね・・・してるよね?そりゃあ、してるわよね?


 なんか、想像したら、悶々としてきた。他の乗客は眠っているみたい。半分以上、席は空いていた。私の前後にも誰もいない。


 あら?私、太腿の付け根なんてさすって、何してるんだろう?おっと、ジンとする。ジンとして、宮部さんとミキちゃんが絡み合っている光景が見えてしまって・・・お~い、木村直美、35才の女が一人旅のバスの中で、自分でなぐさめてどうするのよ。惨めだなあ。なんて思っていたら、眠ってしまった。


 途中で、ミキちゃんたちの瀬戸内海を進んでいるフェリー、追い越したんだろうなあ。外が眩しい。


 梅田に着いた。7時20分定刻どおり。到着したバスステーションは大阪梅田駅まで徒歩10分だそうだ。梅田まで歩く?それで、クルッと回って、大阪で買い物して帰ろうかな。それとも、新大阪まで行って、新幹線で小倉まで帰っちゃおうかな?


 え?おいおい。私、何手をあげて、タクシーを止めてんだよ?「運転手さん、大阪南港のフェリーターミナルまでお願いします」って、何いってんだよ。ダメだろ、直美。


 20分ほどで、フェリーターミナルに着いちゃった。トイレに行った。化粧した。うん、夜行バスで一晩あかしたようには見えないね。35才にしては、私、若く見えてキレイな方だと思うな。自信を持とう。でも、二人を待ち構えるの?本当に?う~ん、ミキちゃん、迎えに来ましたぁ~、とでも明るく言うつもり?手なんかつないで、下船口から出てきたらどうしよう?