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A piece of rum raisin - 単品集、ヒメと明彦 Ⅱ

A piece of rum raisin - 単品集、ヒメと明彦 Ⅰ - フランク・ロイドのブログ

A piece of rum raisin - 単品集
ヒメと明彦 Ⅱ
 1976年2月14日(土)
 ●合格発表

登場人物

宮部明彦    :理系大学物理学科の1年生、美術部。横浜出身

仲里美姫    :明彦の高校同期の妹、横浜の女子校の3年生


小森雅子    :理系大学化学科の学生、美術部。京都出身、

         実家は和紙問屋、明彦の別れた恋人

田中美佐子   :外資系サラリーマンの妻。哲学科出身


加藤恵美    :明彦の大学の近くの文系学生、心理学科専攻

杉田真理子   :明彦の大学の近くの文系学生、哲学専攻


森絵美     :文系大学心理学科の学生

島津洋子    :新潟出身の弁護士


清美      :明彦と同じ理系大学化学科の学生、美術部


 1976年、昭和51年だった。日本でバレンタインデーが盛んになったのは、昭和30年代後半。昭和40年代には、女性が男性にチョコレートを贈るという日本型バレンタインデーの文化が定着し始めた。高度経済成長期だったが、バブルはまだ先。記念日などでシティーホテルに泊まるという文化はまだなかった。


 ぼくが受験した都内の理系大学の合格発表日が昨日だった。ヒメと一緒に見に行った。合格していた。国公立は無理だったけど、これでひと安心。ヒメがおめでとうと言って抱きついてきた。理系の大学なので、女の子連れの受験生なんて少ない。いや、少ないんじゃない。彼女連れの受験生などいなかった。1976年、昭和51年だもの。


 受かったみたいなヤツはぼくを羨ましそうに見ている。落ちたみたいなヤツはぼくを殺しそうな目で見た。仕方がない。逆の立場だったらぼくもそうする。


 ヒメは相変わらずちょっと茶髪のショートボブ。白のとっくりセーターに黒のミニ、黒のタイツでぼくと同じメーカーのネイビーブルーのダッフルコート姿。コートが同じだからペアルックに見える。憎々しげな視線が刺さる。ヒメを連れて来なかった方が良かったかも。


「合格、おめでとう、明彦。おまけに今日はバレンタインデー!チョコ、忘れたから、チューしてあげよう!」
「止めてくれ!みんな見てるよ。ここにいるのはほとんど男子なんだから」
「チェッ!じゃあ、ここを離れたらチューしていいのね?」
「・・・」


 まあ、合格して気が楽になった。大学の近くを散策しようとヒメに言って、手をつないで、大学構内の小道を神楽坂の方に歩いた。学生らしい女性とすれ違った。後ろから「キミ、ちょっと」と声をかけられる。振り返ると「手袋落としたよ」と跪いてぼくの手袋を拾おうとするすれ違った女性が。


「ハイ」と立ち上がってニコッとして手袋を渡してくれた。あれ?ヒメみたいな格好。染めてないけどショートボブだし。黒とオレンジの定番マルマンのスケッチブックを胸に抱えていた。Masako Komori とオレンジの部分に黒のマジックで書いてあった。美術部なのかな?


 ぼくは「ありがとうございます」と言って手袋を受け取った。「どういたしまして。もう、落とさないでね」と言って頭の上で手をヒラヒラさせて行ってしまった。


 ヒメがぼくの手の甲をつねった。「イテ!」「明彦!あの人に見とれてるんじゃない!」と睨まれる。「女の子を誰も見ちゃいけないとは言わない!でも、明彦の好みの女の子は見ちゃダメ!あの人、好みでしょ!」


「ハイ、ヒメのおっしゃる通りです」
「髪型も雰囲気も私に似てたわ!ムカつく!・・・あれ?私が明彦の好みなんだね・・・」
「自分で言っておいて自分で納得するんじゃない!」
「ハァイ!でも、入学して彼女を見たら35メートル以内に近づいちゃダメ!」
「35メートル?」
「うるさいわね!35メートルの乙女の発想根拠なんて聞かないで!」
「うん」


「あの人のスケッチブックにMasako Komori って書いてあったね?」
「よく見てるな?」
「見たのね?覚えてるのね?Masako Komori !」
「見えちゃったんだからさ・・・」
「ムカつく!・・・って、お腹減った!合格祝いに何かご馳走を、と言いたいところだけど、今月、お小遣いがピンチなのでしたぁ」


「ぼくは、1万5千円持ってるよ」
「私、6千円・・・情けないなあ。明彦の合格祝いなのに」
「1万5千円あればなにか食べられるでしょ?高級レストランは無理だけど」
「あ~あ、彼氏の合格祝いで、私に提供できるものって、この肉体しかないんだ・・・」
「ヒメ、したいの?」
「だって、受験勉強とか言って、全然かまってもらってない!年が明けてから悶々としてたんだよ!」
「女子高生って、悶々とするほど性欲があるのか?」
「明彦!キミはわかってない!女子高生の会話の8割はセックスです!」
「夢が壊れるよなあ・・・」
「二人合わせて2万1千円で、食事してラブホのご休憩できるじゃん?私の体で合格祝い!ルンルン」
「やれやれ。じゃあ、予算もないことだし、中華でも食べる?」
「明彦!これからエッチするのに、餃子とかチャーハンを食べてキスするのはイヤだ!」


 それから、何を食べるとか、いろいろ話して、第一、神楽坂ってラブホないじゃん!とヒメが言うので、じゃあ、どこならあるんだ?と聞いた。東京のラブホの場所なんて二人とも知らないんだ。そりゃあ、やっぱり渋谷とか新宿じゃないの?とヒメが言うので渋谷に行ってみることにした。週刊プレーボーイで道玄坂がラブホ街という記事を読んだ気がした。


 飯田橋から総武線で代々木で乗り換え、山手線で渋谷駅まで。車内でぼくらが立っていた近くの座席の学生がヒメをチラチラ見ていた。ダッフルコートの木のボタンのトグルを留めていないから、白のとっくりセーター、黒のミニ、黒のタイツがよく見える。ヒメの脚はムチムチしていておいしそうなんだ。彼女が男性の興味をそそるってのは微妙だけど悪い気はしない。


 渋谷駅で降りて、スパゲッティーを食べた。餃子とかチャーハンを食べてキスするのはイヤだが、アサリとタバスコのボンゴレ味は大丈夫らしい。


ヒメと明彦 Ⅱ に続く。