フランク・ロイドのブログ

フランク・ロイドの徒然

よこはま物語、ヒメと明彦6、明彦編、ヒメと明彦 XXXI

よこはま物語
ヒメと明彦6、明彦編
ヒメと明彦 XXXI

登場人物

宮部明彦    :理系大学物理学科の1年生、横浜出身
仲里美姫    :明彦の高校同期の妹、横浜の女子校の3年生
高橋良子    :美姫の高校の同級生
生田さん    :明彦のアパートの大家、布団屋さん
坂下優子    :美姫と良子の同級生


張本芳子    :良子の小学校の同級生、大陸系中国人の娘、芳(ファン)
林田達夫    :中華街の大手中華料理屋の社長の長男
吉村刑事    :神奈川県警加賀町警察署所轄刑事
王さん     :H飯店のマネージャー/用心棒


小森雅子    :理系大学化学科の学生、美術部。京都出身、
         実家は和紙問屋、明彦の別れた恋人
吉田万里子   :理系大学化学科の1年生、雅子の後輩、美術部
内藤くん    :雅子の同期、美術部、万里子のBF
田中美佐子   :外資系サラリーマンの妻。哲学科出身


加藤恵美    :明彦の大学の近くの文系学生、心理学科専攻
杉田真理子   :明彦の大学の近くの文系学生、哲学専攻


森絵美     :文系大学心理学科の学生
島津洋子    :新潟出身の弁護士


清美      :明彦と同じ理系大学化学科の学生、美術部

ヒメと明彦 XXXI
 1977年7月17日(日)
 ●侵入

 FMC在日米海軍郵便局の敷地は、倉庫が6棟つらなり、一番奥の瑞穂埠頭側の角の最後の一棟が二階建ての倉庫になっている。王さんの話では、日本人女性が集められているのは、その事務所棟じゃないか?と言う事だ。たぶん、便所の側だ、と言う。ファンファンが、便所の側?と聞いたら、数名の女性を監禁して、便意を催したら、便所までの距離が短いほうが手間が省ける、ということだった。
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 仲木戸公園の駐車場で、王さんがウチの若いのと呼んでいる人の車と合流した。25才の徐永福という人だという。王さんが彼に私たちを紹介した。徐さんは頷くだけ。無口な人だ。ブルース・リーみたいに痩せて精悍な顔をしている。王さんが選んだのだから、彼も武術ができるんだろう。重そうなバックを抱えている。


 車二台で、国道に出て右折した。ほんのちょっと国道を進んだところで左折して海側に曲がった。右手に東高島駅という駅の引込線が見えた。目的地の2つ目の埋立地につながる貨物の線路を渡った。左手に運河が見える。少し進んで路肩に二台とも停車した。徐さんがファンファンの運転手のマーくんに車のキーを渡した。マーくんはここに残る。


 王さん、徐さん、吉村刑事、ファンファン、良子、明彦と私の順で歩いた。米軍のMPというのはいないようだ。王さんがみんなかがんで歩けと言う。歩きにくい貨物線の線路の上を進む。運河の腐った臭いが鼻についた。


 右手は倉庫が連なっている。美姫ちゃん以外の女性たちを逃げ込ませて、吉村刑事が県警に通報するのはここだ。倉庫が尽きて、左は千鳥橋という1つ目の埋立地につながる橋があった。その橋の道路の向こうは米軍の占領地だ、と明彦が小声で説明してくれた。戦後から二十年以上も経って占領地が日本にあるのは変だ。京都にはこういう場所はない。神奈川県にはそこいら中に米軍の占領地があるんだそうだ。横須賀ぐらいは私も知っている。明彦の高校の裏手に日本で最初の競馬場跡地があった、その向こうが米軍兵士の宿舎になっているそうだ。今度、連れて行って欲しい。明彦の高校も見たいわ。


 時間は11時過ぎ。誰もいない。街路灯もあまりない。真っ暗だ。誘拐された女性たちのいるFMC在日米海軍郵便局の正面ゲートだけ、オレンジ色の明かりがついている。
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 在日米海軍郵便局の前の道路沿いが駐車場で、低いフェンスがさっき渡ったよりももっと小さな運河沿いに設置されている。ノース・ピアという瑞穂埠頭の方に、6棟の倉庫が並んでいた。フェンスと運河の間の細い斜面に私と明彦がしゃがんだ。王さんがここで待っていろ、仲里美姫をファンファンか良子が連れてきたら、雅子と明彦は彼女を連れて車に戻れ、背を低くしてジッとしていろと指示された。


 5人は倉庫の方に進んだ。低いフェンスをまたいでいる。小さな運河と倉庫の間の小道に高いフェンスがあった。徐さんが道具を出して何かやっている。フェンスの金網を切断しているんだろう。


 15分くらい経った。ジリジリした。どうしたんだろう?心配だ。


「雅子、ここにいろ。ぼくは、もうちょっとあの高いフェンスに近づいてみる」
「私も行くわ」
「・・・わかった。背をかがめて、ゆっくり行こう。足元に気をつけて。運河に落ちちゃかなわないからな」
「うん」


 照明がないので、私たちは目立たないが、私たちも何も見えない。遠く瑞穂埠頭の方が明るく見えた。王さんは車の中で、ノース・ピアなら軍用犬がいるだろう。ドーベルマンが。しかし、在日米海軍郵便局は、弾薬を貯蔵しているわけでもない。軍用犬がいないのは幸いだ、と言っていた。ドーベルマン?あんなのいないで良かった。


 低いフェンスを明彦が乗り越えた。私もつづいた。高いフェンスの徐さんがあけて広げた金網のところに近づいた。


 倉庫の一番奥から誰かが出てきた。二人だ。一人がもう一人の手を引いている。私たちを見かけた。ファンファンだ。もう一人は、Tシャツにジーンズ。彼女が美姫ちゃんだろう。


「明彦、美姫だ。全速力でマーくんの車に飛び乗れ。私たちが30分しても戻ってこなかったら、逃げちまえ。躊躇するなよ」と明彦に美姫ちゃんを押し付けた。私が先に低いフェンスを飛び越す。明彦が美姫ちゃんを持ち上げて、フェンスを越えさそうとするのを手伝った。


 私たちは小運河沿いの狭い斜面を慎重に歩いて、道路に出た。明彦が美姫ちゃんの手を引く。マーくんと徐さんの車が停まっている東高島貨物駅の方向に三人で全力で駆け出した。

ヒメと明彦6、明彦編、ヒメと明彦 XXXI に続く。